パガンとエイジェイ

 浅い眠りと覚醒の間を彷徨っていた意識は、聞き慣れた声に何度も名前を呼ばれて覚醒の淵へと浮上した。
 瞼を開けてみても、視界はぼやけていた。おまけに横たえた身体がひどく重い。頭がぼんやりする。
 ここはどの基地だっけ?
 オレはなにをしていたんだっけ?
 いつから、ここで寝ていたんだっけ?
 それともこれはまだ夢の中なのか?
「エイジェイ……エイジェイ・ゲール」
 寝返りを打って仰向けになり、ようやく視点があった。
 はっきり見えたのは、こちらを覗き込むパガンのにやついた顔だった。
「やっと起きたか、よく眠る男だな君は」
「パガン……? どうして……」
「ああ、起きなくていい。私はこのまま君と話がしたいだけなんだ」
「話すって……なにを……」
 手の甲を額に置くと、こめかみがじんじん痛み出した。顔をしかめて、手を腹の上に移動させ、倦怠感を吐き出すように小さく息を漏らす。
「調子はどうだ? 働き過ぎじゃないのか? 休んでいるのか? なにか悩みがあるなら聞くぞ?」
 口迅に質問をしてくるパガンの目尻のシワをなんとなく見つめて、なんとなく最後の質問の答えを考える。
「オレは……」
――どうすればいいんだ?
  胸に湧いたのはそんな疑問だった。
ゴールデン・パスのリーダー同士の対立の仲裁に時に煩悶し、キラットの各地で勃発する争いの鎮圧に身を投じ、先の見えない不安で押しつぶされそうだった。否、そもそもの元凶である男が目の前にいるのに、「どうすればいい」だなんて問うてどうなる。
「いや……疲れたよ」
 泣き言をなんとか飲み込んで、口を噤む。
「ああ、そんな心を掻き立てるような切なげな顔をしないでくれ、エイジェイ。私のエイジェイ」
「もう、疲れたんだ」
 弱々しく本音の一部を吐露すると、「可哀想に」と芝居掛かった声の後、頬にキスが落ちた。
「せめて今はゆっくり休むといい」
 パガンのこれ以上にないくらい穏やかな声のままに目を閉じる。
「おやすみ、エイジェイ」
 次に目覚めた時、部屋には誰もいなかったが、パガンの温かみのある声と気配が、残っている気がした。