その日、『オーモンド山のリゾート』のロッジには意外な訪問者がいた。
訪問者は、図々しくもフランクたちがいつも座る暖炉の傍のソファに横たわり、ブーツも脱がずに長い足を肘掛にのせ、顔にくたびれたテンガロンハットを被せて鼾を掻いていた。
フランクは、ビール瓶を片手に眠る訪問者——カレブ・クインを見下ろし、それから、背後に立つ仲間たちに向けて〝どうする?〟と肩を竦めた。
「起こさないほうがいいんじゃない? 儀式のあとで疲れてそうだし」とジュリー。
「一緒に飲むのもいいんじゃないか」とジョーイ。
「あたしはどっちでもいいよ」スージーはふたりよりずっと小さな声で言った。
「あんたに任せる」
「おまえに任せる」
「フランクに任せるよ」
結局、判断を任せられ、リーダーであるフランクは、ビール瓶を傍のテーブルに置いて、再び意識をカレブに戻した。ここは自分たちの縄張りなのだ。叩き起こして、『死んだ犬の酒場』にでも行ってもらおう。
「おい、ジイさん」
カレブを起こそうと手を伸ばした時、鼾が止まり、彼は代わりに低い唸り声を発した。帽子の下から漏れる苦しげな声に、フランクは手を引っ込める。
「……ジイさん?」
肘掛とクッションを下敷きにした頭が小さく傾き、顔を覆っていた帽子が床に落ちた。ひしゃげた顎を硬くさせ、歯の隙間からカレブは呻き声を漏らし続ける。
「よせ……俺はなにも……」
彼は寝言を吐き出した。広い額には汗の粒が浮かんでいる。
フランクが呆気に取られていると、唸り声が大きくなった。瞼は下りている。カレブは眠っている。「やめろ……」苦悶に満ちた表情からして、悪夢を見ているのだとフランクは気付いた。
「ジイさん! 起きろよ!」咄嗟に、フランクはカレブのコートの襟元を引っ掴み、痩せぎすの身体を揺さぶった。「起きろってば!」
フランクが声を張り上げると、弾かれたように炯々と光る双眸が見開かれ「やめてくれ!!」聞いたことのない、悲鳴混じりの懇願——到底、カレブが上げそうにない声——が響いた。
暖炉の火の中で、薪が乾いた音を上げた。
「大丈夫か?」フランクは覚醒したカレブの顔を覗き込み、仮面の下でふーっと息を吐いた。「うなされてたぞ」
カレブは瞬きを繰り返し、顔を顰めて「そうか……悪いな……夢見が悪かった」襟元を強く握るフランクの手に、自身の掌を被せた。
「どんな夢を見てたんだ?」
皺と傷だらけの大きな手から伝わる熱に安堵を覚えながら、フランクは強張った指から力を抜いた。
「ガキの頃の夢さ」カレブは落ちていた帽子を拾い上げて深々と被り、ゆっくりと立ち上がった。
「見苦しいもんを見せちまったな。老耄はとっとと退散するとしよう」
吹雪く外に向けて歩き出す老年の男の背中を、フランク以外の若者たちは目で追った。
「なあ、ジイさん」フランクはテーブルに置いたビール瓶を取り、カレブに駆け寄った。「これやるよ」
「なんだ、いいのか?」
「いい。夢のことなんか、それ飲んで忘れろよ。あんたが悪い夢を見たら、また俺が起こしてやるからさ」
飲みかけのビールは、まだ半分以上残っている。カレブは瓶を受け取り、肩を小さく震わせて笑った。
「ありがとよ。ああ、俺がガキの頃、お前みたいのがひとりでもいてくれりゃ……今も少しはいい夢を見られたかもしれねえ」
フランクは、哀愁に満ちた去り行く背中から視線を外すことができなかった。カレブは雪の中に姿を消した。点々と続く足跡が、降り続く雪に覆われていった。
「……さみい」
首を竦めて、ほうっと肺腑にこもった体温を吐き出し、フランクはジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
カレブが子供の頃にどんな目に遭ったのか知りたいとは思わない。
ただ、カレブ・クインというひとりの男が、今夜くらいは夢も見ない深い穏やかな眠りにつけることを願い、フランクは見慣れた雪景色に背中を向けた。