ジェイコブ×プラット

 ジェイコブにベッドに組み敷かれ、足を開いて、彼の肩越しに見える遠い天井を見据え、腹の奥を突かれては反射的に呻き声を漏らし、行為が終わるまでただ耐える。

 これが悪い夢だったらどんなにいいだろう。スマートフォンのアラームが鳴って、目が覚めて、最悪の夢だったと顔をしかめて溜息をつく――夜な夜なジェイコブに嬲り者にされるたびに、そんな都合のいいことを考えるが、これは現実だ。

 自分ではどうすることもできないし、誰も助けてはくれない。カーテンのない窓から差す満月の蒼然とした光でさえも、俺を見捨てる。

 目の前では変わらず、ジェイコブの動きに合わせて、彼の首から下がったドッグタグのプレートが前後に揺れている。

 ベッドの足が軋む音に、自分のみっともない声とジェイコブの息遣いが混ざり合って、生々しい空気が色濃い官能と絡み合う。お互いに汗が噴き出ていた。

 厭で仕方がないはずなのに、慣らされた身体は彼を奥まで受け容れて、与えられる快楽を享受している。それを認めたくなくて、顔を逸らして歯を食い縛る。

 みだらな摩擦は続き、ついに沸点に達したジェイコブが腰を止めた。

 掻き混ぜられた腹の中が燃えるように熱くなって、身震いした。

 彼は吐き出した精液をよりいっそう奥へ注ぐように腰を叩き付けて、ゆっくりと身体を起こした。腹の中を行き来していた圧倒的な熱量が去って、圧迫感から解放される。

「もういい。早く行け」

 放心していると、ジェイコブの冷ややかな声が耳朶に届いた。

 用済みになったあとは、ろくに後始末もさせてもらえないまま部屋を追い出される。服くらい、ゆっくり着させてほしいのに。

 体内に精液を出されたせいか、鈍く痛む腹を押さえてとぼとぼと廊下を歩き、歯を食いしばって涙を堪える。

 プリミティブを理念とする彼らには不必要な家具が詰め込まれた倉庫代わりの部屋に戻り、片隅に置かれた、シートをズタズタに裂かれた革張りのソファに身体を横たえる。

 どうして、俺なんだろう。

 両膝を折り曲げて、眠りに落ちるまでの間に思考を巡らせてみるが、答えは見付からなかった。

 惨めな夜からしばらく経って、或る晩に、またジェイコブの寝室に呼ばれた。

 ベッドの淵に腰掛けた彼の視線を浴びながら、シャツのボタンに指を掛けてひとつひとつ外していく。ボタンをすべて外し終えたところでそばにくるよう命じられ、ジェイコブの隣にこわごわと腰を下ろすと、顎を掴まれ、強引に彼の方を向かされた。

 ナイトテーブルに置かれた燭台に灯る火に赤々と照らされた彼の顔は険しい。眸の奥には、手に負えない危うげな昂ぶりが息づいている。

 手が離れ、頭を傾けたジェイコブと距離が詰まり、咄嗟に目を固く瞑ると、僅かに開いていた唇を塞がれた。押しやることもできずに舌を受け止める。

「ん、んぅ……」

 息がうまくできない。苦しくなって酸素を求めてジェイコブの胸を押した。離れても、吐息の掛かる距離で、ジェイコブの眸はまっすぐに俺に向けられていた。

 肩を掴み取られて押し倒されそうになって、胸の内側に突然、殺していたはずの恐れが湧き出た。

「ジェイコブ」

 倒されないようにシーツに手を突く。

「もう……もうやめてくれ」

 絞り出した声は小さく情けないものだった。ジェイコブの目を見詰めることもできずに俯いて鼻をすする。

「こんなこと、俺じゃなくったって……」

 言葉の続きが出てこない。重苦しい沈黙が足元に転がり落ちる。ジェイコブはなにも言わない。

 恐る恐る顔を上げて、彼を一瞥する。無感情な視線だけが俺を射抜いている。

「確かにお前じゃなくてもいいな」

 彼は明らかに鼻白んでいた。肩を強張らせていると、ジェイコブは顎でドアを指した。

「出ていけ」

 弾かれたように、はだけたシャツを掻き抱いて立ち上がり、慌ててベッドから離れる。

 振り向くことなく部屋を出て、閉めたドアに寄り掛かったところでほっと溜息が零れた。拍動する心臓の音がうるさい。

 こんなにあっさりと済むとは思わなかった。

 震える手を握り締めて、この時だけは廊下を闊歩した。

 その日以来、ジェイコブが俺を寝室に呼ぶことはなかった。

 相変わらず冷遇は続き、小心翼翼として彼の顔色を窺って付き従うことが常だったが、夕方になって、彼が部屋で休む間だけは自由だった。少なくとも、一握の安穏を勝ち取ることができた。

 しかし、彼に蝕まれてしまったのは精神や思考だけではなかったことを思い知らされたのは、狼の牙のような形をした月が窓から見える夜のことだった。

 腰回りがひどく重く、寝床に戻って身体を横たえていても、腹の底が焦げているかのようにじんじんと熱く、悶々として中々寝付けなかった。

 この悩ましい高揚感を知っている。生理的なものだ。こんな状況下でも、溜まるものは溜まるのだ。

 潔く認めて、片手を突いて起き上がった。どうせここに人が来ることはない。

 手探りでジーンズの前を寛げる。下着をずらしてまだ萎えたままの自身を取り出し、掌で包み込んで、ゆるゆると手を前後に動かして扱く。柔らかい性器は精液を吐き出そうと瞬く間に膨らんだ。久し振りに味わう刺激に夢中になって硬くなったペニスを慰めた。

「……ッ、ん」

 射精の一刹那、身体が硬直した。手の中でびくびくと若い性が脈打ち、腹の底に溜まっていた熱が爆発する。勢いよく噴き出た精液は絨毯に飛び散った。

 身体がふっと軽くなって激情が引いていったが、果てても悪い熱は鎮まらなかった。火照りに似た劣情が、まだ腹の底で渦巻いている。身体はもっと強い刺激を欲している。身も心も蕩けさせるエクスタシーを望んでいる。

 たとえば、ジェイコブに抱かれた時に味わう、臓腑を押し上げられる苦しみを塗りつぶすほどの甘美な快楽――。

「…………!」

 俺はなにを考えているんだ。

 剣呑に眉を寄せ、身震いした。

 物足りなさを噛み殺して、中途半端に勃ったものを仕舞い込んでソファに寝転がってみるものの、甘ったるい疼きが下腹に広がって就寝どころではなかった。

 放り出された睡魔は不貞腐れている。

 瞼を固く閉じて、白痴のようにセックスのことばかりを考えた。女を抱く方ではない。ジェイコブに抱かれている空想だ。

 ジェイコブの指が欲しい。体内を掻き回してほしい。孔が十分にほぐれたら、逞しいペニスで奥を突いてほしい。

「……クソッ」

  骨身に沁みたのは恐怖や屈辱だけではないことを自覚すると、情けなくて泣きそうになった。

 

 その日はジェイコブの狩りに付き合わされて、早朝から山の中にいた。

 獲物は、食料となる鹿や猪ではなく、夜の間に脱走したふたりの捕虜だったが、昼過ぎには、ジェイコブはライフルで彼らを仕留めていた。

 死体は野晒しにされた。

 頭に一発喰らって、なにが起きたのか理解する間もなく死んだ。苦しまなかっただろう。それだけでも、マシだと思う。

「プラット」

 下山の途中で、前を歩いていたジェイコブが立ち止まって振り向いた。

 俺を挟むようにして横を歩いていた信者も足を止め、彼に倣って俺を見る。

 ジェイコブの手が伸びる。なにかを受け取ろうと目の前で止まった彼の掌を見てまごついた。彼がなにを求めているのかわからなかった。

 はっとして持っていた水筒を彼に渡すと、ジェイコブは何事もなかったかのようにまた歩き出し、水筒の中身をあおった。

 ジェイコブと見詰め合ったのはずいぶんと久しかった。水筒を受け取るために伸ばされた手は、まるで自分に触れようとしているかのようだった。

 ジェイコブに触れられたい。

 願望は生い茂る木々の葉の隙間から差す日差しに暴かれた。

 窓辺で丸い月を見上げながら、自分に向けられたジェイコブの青い眸を思い出していた。平然としているように見えて、奥底には興奮が潜んでいた。

 狩りのあとだ。ジェイコブは昂っているだろう。誰かを抱くかもしれない。いや、もう抱いているかもしれない。

 腹からみぞおちの辺りまで、手の施しようのない熱が一気に込み上げて、いても立ってもいられなくなって、ジェイコブの寝室に足を向けた。この時間は、いつも彼は寝室にいる。

 部屋の前まできて、ノックをするのをためらった。

 彼を拒絶したのは自分だ。けれど身体は彼を求めている。思考を鈍らす潜熱に突き動かされて、ドアを軽く指の背で叩く。

 間もなくしてドアが開き、ジェイコブの冷めたまなざしに出迎えられた。

「ジェイコブ……」

 俯きがちに彼に視線を溜めて「あの」と続けるが、言葉が出てこない。ただ一言、抱いてほしいと言えばいいだけなのに。

「入れ」

 それだけ言って、ジェイコブは踵を返し、室内に戻っていった。開け放たれたドアからジェイコブの背中が遠ざかり、身を強張らせて部屋に足を踏み入れ、うしろ手でドアを閉める。静けさと、ナイトテーブルの上の燭台に灯った火のぼんやりとした明るさだけが部屋を満たしていた。

「なんの用だ」

 ジェイコブはベッドに腰を下ろして、ガラス玉のような目で俺を見ていた。

 彼の目の前で足を止め、不安と欲求の間をたゆたう気持ちを奮い立たせて、喉元までせり上がった言葉を吐き出す。

「……抱いて、ほしくて」

 ジェイコブは眉ひとつ動かさなかった。

「俺に抱かれるのが厭なんだろう?」

「それは……」

 垂れ下がった手を握り締める。不安が弾けて、ふしだらな欲求が背中を押してくる。

「あの時はそう思ってました。でも今は……あなたに、その……」

 言葉を曖昧に切る。

 ジェイコブの目が細まって、目尻の皺が深くなった。

「結局お前は俺の元に戻ってきたわけだな」

 押し黙って、足元に視線を落とす。無言は愚かな肯定だった。

「みだらな保安官だ」

 手が伸びてきて、俺の腰を抱いた。その瞬間、魅惑的な興奮が背骨を駆け上がった。

 この男になら、喰われてもいい。

 ベッドの淵に腰掛けたジェイコブの前で膝を突いて、彼がジーンズを寛げるのを待った。下着からまろび出たペニスを手に取って、まだ柔らかいそこへ恐る恐る顔を近付ける。蒸れたのか、濃い汗のにおいがする。においを吸い込むと、頭がくらくらした。

 尖らせた唇を何度も先端に軽く押し付ける。そこは汗で湿っていて、渇いた唇に吸い付いた。離れるたびに、ちゅ、ちゅ、と小さなリップ音が弾む。

 キスを繰り返すうちに、性器は手の中で硬くなった。側面に走る血管を指でなぞると、ペニスは蛇が鎌首を擡げるようにぐんと角度をつけた。鈴口では、先走りの露が膨れている。

 舌先で露を潰して、突き出した傘下に舌を絡めるようにしてそのまま口腔に猛りを迎え入れた。先走りが唾液と混ざる。微かにしょっぱい。

 ジェイコブの股座に顔を埋めるようにして咥え込むが、すべてを口腔に収めるのは無理だった。頭を前後に動かしながら、頬の内側で扱いた。雁首に軽く歯を立てたり強弱を付けて吸えば、昂ぶりは口腔で質量を増した。

 ジェイコブの手が頭頂に乗る。

 根元で並んだ量感のある肉袋にも吸い付いて、肉膜の中の塊も舌でころころと転がして、夢中でしゃぶる。男同士だ。気持ちがいいところはわかる。

 顎が疲れてきた時、不意に髪を弄っていた指が後頭部に回った。彼は鋭く息を吐いて、俺の頭を強く押さえ付けると、喉の奥で弾けた。

「……ッ、ん、うッ……!」

 下毛に鼻先が埋まる。息ができない。柔らかい粘膜を突かれて嘔吐き、生理的な涙が瞬く間に湧いた。

 口の中でペニスが大きく攣縮して、勢いよく精液が流れ込んでくる。射精は長く、種は間歇的に溢れ、口腔に溜まっていった。青臭さが鼻に抜ける。

「……ッ、ふ……ん」

 眉を寄せたまま頬を窄めて、吐き出されたものを零さないように慎重に頭を引き、出っ張りで止めて、尿道に残った精液も吸い出した。

 手の甲で口元を拭って、欲望の名残を飲み下す。何日も出していなかったのか、粘っこく、どろどろとしていて苦い。

 射精を終えたあともそこはまだ屹立していた。彼はいつも一度達すれば終わりにするのに、今日は狩り のあとだからだろうか。壮年手前の男にしては旺盛だ。

 鼻を啜ってのろのろと立ち上がり、命令される前に服を脱いだ。床に衣服を無造作に落とす。いつものことだが、ジェイコブはジャケット以外は脱がなかった。

 ベッドに雪崩れ込むと、冷たいシーツにすぐに体温が移った。

 ジェイコブは膝立ちになって俺を見下ろした。肌は火照り、触れられることを期待しているのに、彼はそれを見抜いているのか触れてはくれない。まるで獣が仕留めた獲物をどこから喰おうか吟味するみたいに、視線だけを俺の身体に向けている。

「なんて顔だ」

 頭の横で腕が突っ張って、影が被さる。頭の下でマットレスが深く沈んだ。

 太い鼻梁が鎖骨に触れるか触れないかのところで、彼の頭は胸まで下がった。胸の端に唇が寄って、乳首に吸い付いた。熱い口腔で慎ましい突起を舌でねぶられる。心地良い疼きが薄い皮膚の下で生じてたまらず身じろぎする。唇に挟み込まれたまま軽く歯を立てられて、吐息が漏れた。頭の真ん中から、意識がとろけていく。

 ちゅぽっ、と湿った音とともに唇が離れた。乳輪ごと吸い上げられてすっかり硬さを得た乳首が晒される。胸の先はぬらぬらと濡れて、物欲しそうに尖っている。

 興奮が、静かに皮膚の下を走っていく。

 芯を持った敏感な軸を爪の先で荒っぽく弾かれて、身体が強張った。

「んッ」

 硬い爪に何度も叩かれて、痛みを伴った甘い痺れが胸に広がる。ジェイコブはまた先っぽをしゃぶった。愛撫を求めて主張していた反対側も、指の腹に摘ままれて捏ねくり回される。腰が浮くほど気持ちがいい。

 見れば、足の付け根では、触れられてもいないのに性器が痛いほどに膨らんでいた。男にとってなんの役にも立たないそこを弄られて反応してしまったことに、男としてのプライドが萎んでいく。

 情けない。死んでしまいたくなる。

 気持ちとは裏腹に、身体は男を――ジェイコブを求めている。排泄器官であるそこにたっぷりと子種を植えられることを望んでいる。

 ジェイコブもそのつもりで、俺の身体のあちこちに鬱血の痕を残し、咬みつき、唾液で濡らした指を孔に捩じ込んで、腹を拓いていった。

 折り曲げて開いた足の間に、ジェイコブの身体が深く割り入る。ジーンズの開いたフロントの間で猛々しくそそり勃った性器の先端が、ほぐれた孔に押しあてられた。

 いよいよ、待ち侘びたものがくると思ったが、ペニスはひくつく孔をつついては離れ、中々挿入されなかった。ひどくもどかしい。

「ジェイコブ、早く……」

「早く、なんだ?」

 クソッ、わかっているくせに。

 唇を引き結んで顔を背け、手首を反らして枕の端を掴み取った。

「あなたのせいだ。あなたのせいで、俺はこんなことを望むようになってしまった」

「俺のせい、か」

 目を細めたあと、ジェイコブはくつくつと喉を震わせて笑った。これが嘲笑であることはよくわかっている。

「責任を取ってやろう」

 膝裏を掴み取られ、尻が持ち上がって背骨が丸まって、膝頭が胸に乗る。

 濡れた肉と肉の隙間に、指とは比べ物にならない熱量がゆっくりと押し込まれた。粘膜を押し広げて体内に潜り込んだ塊は隙間をみっちりと埋めた。腹を満たす圧迫感に息が詰まる。

 挿入のあと、ジェイコブはすぐには動かなかった。体内の感触を確かめているかのように、腰を突き出したまま、間遠な呼吸を繰り返すだけだ。

 その間にも、ジェイコブを包み込む肉の輪は彼の形を覚えようとするかのように収斂する。

「あの夜お前を抱き損ねて以来だ」

 言い終わる前に、ジェイコブは腰を前後に動かした。彼の下生えが尻と擦れる。緩やかなピストンがはじまった。

 腹の奥を突かれるたびに、開いた口から反射的に濁った声が押し出される。

「俺以外ッ、ん、誰も、抱いてないって、ことですか」

「そうだ」

「どう、して、あ、あなたなら、相手なんていくらでもいる、でしょう、それにあの夜、お、俺じゃなくても、いいって」

 ジェイコブはぐっと腰を突き入れてきた。

「……ぁッ!」

 腹の奥を一気に突かれ、身体が硬直した。爪先がぴんと伸びて両足が痙攣する。

「俺が求めているのは他の誰でもなく、お前だけだと言ったら?」

「俺、だけ……?」

「お前だけだ」

 囁きは甘く魅惑的だった。広い背中に手を回して、肩甲骨の間に指を食い込ませてしがみつく。

 重く鈍い痺れに似た快楽が脊髄にねっとりと絡み、脳に肉薄しようと緩慢にせり上がっていく。眼窩の奥が熱い。汗が噴き出て、乱れた髪が首筋に張りついた。じっとりと汗ばんだ肌が重なって、距離の近さを知る。

 互いの息遣いにベッドの足が軋む音が被さり、やがて結合部から跳ねる肉と肉がぶつかる粘着質な音が混ざった。

「は、ぅ、ぁッ」

 腹では、勃起したままのペニスが動きに合わせてぶるぶると揺れている。

 めまぐるしく不随意な快楽にとろけた思考や理性がぐちゃぐちゃに混ざり合って煮詰まっていく。

 苦しくなって彼の首筋に咬みついた。顎を固くさせて歯を食い込ませても、ジェイコブは動じない。顎を緩めて頭を離すと、視線がぶつかった。冷酷な青い眸がこうして俺にだけ向けられることをずっと望んでいた。

 首のうしろに手を移動させて、抱き寄せて、僅かに開いた唇を塞ぐ。ジェイコブが腰を止めた。隙間から滑り込んできた舌がくねった。

「……は、あ」

 息を継ぐ間もない口付けのあと、体内を行き来していた昂ぶりが引き抜かれた。

 うしろを向くように命令され、言われるがままに四つん這いになる。尻たぶを鷲掴みにされて左右から引っ張られ、真ん中の窪みに硬いものが押しあてられる。

「……ッ、ぅ……」

 目を閉じてシーツを握り、奥歯を噛み締める。抵抗感のあと、狭い肉の壁をこじ開けられ、奥まで捩じ込まれた。

「力を抜いていろ」

 ジェイコブの腕が、腋をくぐって肩に回る。上体を持ち上げられた。膝立ちで、羽交い締めのような体勢のまま、彼は腰を打ち付けてきた。

「あ……!」

 衝突と同時に強烈な刺激が背骨を伝い上がって脳髄を貫いた。硬く怒張したペニスが孔の縁を擦り上げて肉管に沿って体内を押し開き、壁にぶち当たる。その瞬間が身体に力が入らなくなるほど気持ちがいい。

 押し寄せた快楽に意識が呑まれそうになって、たまらず悲鳴じみた声を上げる。

「いッ、いやだ、やめてください……!」

「いい、の間違いじゃないのか? ん?」

 彼の腕を振りほどくこともできず、喘いだ。股座で勃ったナニが滑稽なほど勢いよく弾んでいる。

 背後でジェイコブの息遣いが徐々に荒くなって、熱を帯びた手が胸を這って、下腹部を抱え込まれる。容赦のない抜き差しだった。肉と肉がぶつかる破裂音に戦慄き、がくがくと膝を震わせて、みっともない声でいやだいやだと喚くが、声はすぐに啜り泣きに変わった。

 ごつごつと腹の奥を突かれる衝撃に意識が飛びそうになる。ジェイコブから与えられる官能は、得も言われぬ恐怖ですらあった。

 それでも身体は彼を受け容れる。

 とろけるほどの夢心地を希求している。感じてしまう。

「俺を求めてここにきたのだろう?」

 肩口にジェイコブの厳つい顎が乗って、耳朶を軽く咬まれた。

「うぁ、あッ、そうです、そう、です……!」

 彼の言う通りだった。拒絶したのに、結局すがってしまった。

 ジェイコブからは逃れられない。彼はまるで暗闇だ。離れたと思っていてもそこにいる。振り切ることも追い抜くこともできない。常に俺の前に立ちはだかっている。そして俺は、機体が不安定に傾いて制御不能になるのと同じく――遭難信号も出せないまま――底知れぬ闇へ真っ逆さまに墜ちるのだ。

「なにかくるッ……! あ、あぁッ……!」

 声にならない声を上げた。

 ジェイコブは腰を止めてはくれない。

「ッは、あッ……ぁッ……!」

 とうとう、腹の底で渦巻いていた法悦が弾けた。目の前も、腹の内側を掻き回される疼痛も、息苦しさも、真っ白に塗り潰される。喉が反って、全身の筋肉が強張った。

「う、ッ……あぁ……」

 天井を仰ぎ、身体にこもった熱を吐き出す。力なく俯くと、しなっている自身から白濁がとろとろと溢れ出て側面を伝い落ちているのが涙で滲んだ視界に入った。

「お前が好きなのは俺のナニか?」

 ジェイコブの熱い吐息が耳に吹きかけられる。

 背中を押されてシーツに手を突いた。獣の交わりのような体勢でがつがつと体内を突かれ、突っ張った腕に力が入らなくなって、崩れて、ぬるくなったシーツを握り締めた。

 浅い場所から奥を一気に擦り上げられて、下腹から太腿が拘攣した。

「もっと俺を求めろ。俺だけを求めろ」

  ひときわ大きく腰が打ち付けられる。目の前がぐらぐらと揺れる。

「ジェイコブ、あ、あなただけだ、あなただけ……」

 官能の火に炙られた快楽が溶けていく。必死に呼吸を繰り返し、与えられる愉悦に身を委ねる。 

 どうせ墜ちる。叩き付けられて、潰れて壊れるのだ。それなら、欲したっていい――。

「……もっと、ください……」

「ねだり上手になったものだな、プラット」

「あなただって望んでいるはずだ。それに言ったでしょう、こうなったのは、あなたのッ、せいだと」

 ジェイコブは吐息で笑うと、肩口に咬みついてきた。

「お、ぁ、ッ、ぐ……!」

 ひゅっと息が漏れて、腹の筋肉が緩んだ。その瞬間、ジェイコブは肉の壁を掻き分けてさらに奥へ滑り込んできた。

「――――!」

 電流が流されたような強い衝撃が脳髄を貫いて、打ち上げられた死にかけの魚みたいに全身が震えた。

「……プラット……お前今……」

「……ッ……、…………」

 声も出せずに数瞬痙攣していると、それに気付いたジェイコブは腰を突き出したまま、体内に埋もれた先端で、今の場所を探った。

 ややあって、引いた腰が狙いを定めたように叩き付けられた。

「……あ⁉ ぉ……」

 内臓を挽き潰すような一突きだった。狭まった肉管の隙間の奥にある窄まりを抉られるような――感じたことのない頸烈な刺激に、一瞬意識が途切れる。

「……は、……ぁ、~~~~~ッ!」

 角度を保っていたペニスから白濁が噴射される。意思でも、自我でも制御できないほどの極致感に翻弄され、力なくシーツに突っ伏す。こんな夢心地を知らない。慣らされた身体はもう自分のものではなかった。

 体内の奥深くに達したジェイコブの張り詰めた陰茎がどくどくと脈打って、蓄えられていた種が植えられる。

 性器に成り下がった粘膜は、種を貪欲に飲み干した。

 事後、言葉を交わすことなくベッドに並んだ。彼はすぐに出て行けとは言わなかった。

 天井を見据えていると、先ほどまでの激情が夢のように感じられた。注がれた精は逆流して、腹の奥から溢れて、まだ尻と内腿を濡らしている。

「……もう行きます」

 片手を突いてのろのろと起き上がり、床に落とした服を拾う。

 服を着て、帯革を巻いて、靴を履いて、ジェイコブを一瞥して部屋を出た。

 歩き慣れた廊下には静寂が降り注いでいた。

 窓からすべてを見ていた月だけが、毀壊し、ひしゃげた俺の背中を摩った。