アレキサンダー×褪せ人♀

 古戦場を彷徨う偉大なる英雄の葬送は血湧き肉躍るものとなった。
 激闘の末に慟哭の星は砕け散り、「ラダーン祭り」は無事に幕を閉じた。
 星々が煌々と輝くその夜、ジェーレン公の厚意により、赤獅子城の広間で酒宴が開かれ、祭りに参加した者や、ラダーン将軍を慕う者たちが集まった。そこには祭りを最も盛り上げた親愛なる褪せ人の姿もあった。
 他の種族と違って飲み食いはできない身体ではあるが、賑々しい雰囲気の中皆と親睦を深めるの好きだ。
 ただ、今の俺は、崇高なる戦場で臆した「ダメ壺」として落ち込んでいる。
「賑やかだね」
 火の前で思い耽っていると、エールで満たされたタンカードを片手に寄ってきた褪せ人が隣に腰を下ろし、他の皆と同じように、フルフェイスの兜を外した。
 首のうしろでひとつに編んだ長く艶やかな髪が溢れ、化粧の施された端正な顔立ちが火に照らされた。冷たさすら感じられるほど凛とした横顔を見てハッとする。
「貴公、女だったのか」
 友はこちらを向き、長い睫毛に囲われた眸を瞬かせてはにかんだ。
「驚いた?」
「英雄に男も女もないと思っているが……正直驚いた」
 誉れ高き褪せ人は紅唇の端を持ち上げた。そばにいた兵士たちの視線が彼女に注がれる。口数こそ少なく、戦場で圧倒的な武を誇る戦士が女だと、誰が気付けようか。
 褪せ人はタンカードを口元に引き寄せると、中身を一気にあおった。豪快な飲みっぷりだった。ぷはっと溜息を吐くと、彼女は俺を見上げた。
「アレキサンダーは飲まないの?」
「ああ、俺のことは気にしないでくれ。それにさっき〝飲んだ〟からな。満たされている」
 彼女は「そう」と呟くと、あっという間にエールを飲み干しておかわりを取りに行き——今度は両手にタンカードを持っている——戻ってきて、元の場所に座った。
「ねえ、ずっと気になっていたんだけど、アレキサンダーの身体って、温かいの? 冷たいの?」
「触ってみるか?」
「いいの?」
「友との抱擁は歓迎だ」
 酒でほんのりと朱が差した頬を緩めると、彼女はおもむろに籠手を外し、俺の側面に触れた。
「あ、冷たい」黄金樹の祝福を受けぬ色褪せた眸がらんらんと輝く。「ひんやりしてて気持ちいい」
 彼女は上半身を傾けると、両腕を俺の身体に回して抱き着いてきた。俺の身体と彼女の着込んだ甲冑が擦れて、かちりと無機な音が間で弾けた。
「貴公の手はぬくいな」
 身体の正面にあった色の白い手にそっと触れ、慈しむように軽く握る。壺師にはむかない手はあたかかく、柔らかく、愛おしい。血の通った掌は、俺の手を握り返してきた。短く切り揃えられた爪は火の色を受けて、真珠のような光沢を放っている。
 男のものとは違った肉の薄い頼りない……しかし剣胼胝だらけの武人の手をまじまじと見詰めるうちに、萎びていた内なる闘志が瑞々しく息を吹き返し、むくむくと膨らんでいった。自信を喪失している場合ではない。更なる研鑽を積み、堂々たる戦士の壺としてあらねばならぬ。
「……俺は強くなるぞ、友よ」
 空いている手で彼女を抱き寄せる。紡いだ決意は広間の喧騒に溶けたが、それでよかった。
 火の中でぱちりと薪が弾けて、並んだ不揃いの影が揺れた。