それは歩道の真ん中に、まるで、街のいたるところに捨てられているファストフード店のプラスチックのカップのように落ちていた。
赤黒い乾いた血溜まりに横たわっている毛玉は、明らかに車に轢かれた猫の死骸だった。
「大変、この子、息してないよ」
車が止まり、歩道の信号が青になっている間に、パスファインダーはそれを拾い上げたのだから驚いた。死んで間もないであろう黒い毛皮は、パスファインダーの中で体温を無くした身体をぐにゃりと曲げて垂れ下がった。
「もう死んでいる。放っておけばいい」
「ダメだよ、可哀想だ」
彼は高性能AIなりに学んだ悲哀の感情を剥き出しにして——正確にはそれはラーニングした形而上の、さらに言えばプログラムの一部に過ぎないが——続けた。
「この先に森林公園があったよね。埋めてあげよう」
パスファインダーは両手で猫の死骸を抱きかかえ、点滅する信号が赤になる前に歩道まで駆けた。そのあとを務めて平然と追う。信号が赤になって、息を潜めていた車の群れが走り出した。
森林公園は休日に似つかわしく長閑だった。
木々にまだらに差し込んだ陽の光が、パスファインダーの装甲に反射している。
「昔の友達がね」パスファインダーは硬い土を手で掘り返しながら言った。「命とは脆く儚くも美しいものだって言ってたんだけど、僕にはその美しさがわからないよ。君にはわかる?」
手を止めて顔を上げた彼を見下ろしたまま、組んだ腕をほどく。「いいや。私にもわからない」
「そっか」パスファインダーは顔を下ろすと、再び土を掘りはじめた。
「生き物は死んだら、次の命に生まれ変わるために輪に還るんだって。この子は次、どんな生き物になるんだろうね」
いつの間にか穴はだいぶ深くなっていた。パスファインダーは猫を抱き上げると、その穴へ横たわらせた。なにが起きたのかわからないと言わんばかりに見開いた緑色の瞳に、蝿が1匹止まっている。
「僕もいつか命の輪に還るのかな」
土の山を猫に被せながら、パスファインダーは淡々と言う。
「そしたら、なにになれるかな。君とお散歩する蝶々になりたい。君に撫でられる猫にもなりたい。渡鳥になって君を迎えにくるのもいいな」
ロボットの死という滑稽な響きは、なぜか私の演算処理装置を熱くさせた。冷却処理が実行されて、音声出力回路に意識を集中させる。
「やめろ。お前はそう簡単にくたばったりしないだろう」
「うん。そうだね。でもいつかきっと僕は——」
「その話はやめろ。面白くない。お前は死なない」
パスファインダーの言葉を遮って、舌打ちする。
「君がつまらないなら、この話はやめよう。ごめんね」
それから土を被せ終わるまで、パスファインダーはなにも言わなかった。
「さあ、これでよし」
掌をたたき、擦り合わせながら、パスファインダーは立ち上がった。
「行こうか。付き合ってくれてありがとう」
オレンジ色のアイカメラのフレームがきゅるきゅると鳴った。
「生き物に触ったあとは手を洗わなくちゃね」
「フン、さっさと行くぞ」
命の美しさはわからない。ただ、死と土の匂いのするパスファインダーの角張った指を握り締めたくなって、隣に並んで、垂れ下がった手を取った。
ひらりひらりと、1匹の蝶々が目の前を通り過ぎていった。