火遊び

 交際をするようになって、はじめてテスカトリポカの部屋を訪れた時、立香は彼の前でわざとらしく寝たふりをした。
「今夜はここで寝ます」と宣言をして、彼に背中を向けて、ベッドに横たわったのだ。
 説教をされるかもしれないとも思ったが、それ以上に、一日くらい、夜の間も大好きな恋人と一緒に過ごしたいという乙女心があった。それに、テスカトリポカの部屋に招かれたのははじめてだったし、男女の仲なのだから「もしかしたら」という甘い期待もあった。
 処女の立香が無防備に寝転がっているのにも構わず、テスカトリポカはソファで一本の煙草を味わっていた。
 彼が煙を吐き出す微かな息遣いを背中で受け止めてただただ待ったが、好奇心旺盛で性に未熟な立香が想像したような展開にはなりそうになかった。
「寝ちまったのか」
 どれくらい経ったか、立香が本当に眠くなってきた時、部屋を満たす煙と静寂はそんな一言で途切れた。
「夜通し夜遊びとしゃれこもうと思っていたんだがね」
 立香は弾かれたように瞼を持ち上げ、狸寝入りをしていた言い訳を考えることもせず起き上がった。
「実は、起きてます」
 気恥ずかしそうにする恋人を見て、テスカトリポカは灰皿に短くなった煙草の先を押し付けながら小さく笑った。
「夜遊びは好きか?」
「うん」立香はブーツを履いてベッドを出た。「好き」
 彼の隣に戻ると、嗅ぎ慣れた煙草のにおいがした。煙たい。でも、嫌いじゃない。ぎし、と尻の下でスプリングが無機な音を立てた。
 最後の紫煙を吐き出したテスカトリポカの指が立香の顎に添えられる。彼女が瞬きをした時には、涼し気な端正な顔はすぐ傍にあった。
 唇同士が触れ合った。苦い煙草の味。心地いい体温。甘い唾液……シワひとつないジャケットの襟元を引っ張って、立香は夢中でテスカトリポカの動きを追った。角度を変えて押し付けられる唇を吸い、口腔に滑り込んできたくねる舌をつつき、流し込まれる唾液を飲み込む。頭の真ん中が痺れてきて、くらくらした。
 ちゅ、とリップ音が弾む。透き通った青い双眸が、立香を覗き込んでいる。
「ああ、これは、夜遊びというよりか、火遊びだな」
 テスカトリポカは喉の奥でくつくつと笑った。
「火遊びは好きか?」
 再びの質問に、立香は即答できなかった。
「したこと、ないです」
 彼のジャケットを握る手に力がこもる。胸の奥で、規則正しく鼓動を刻んでいた心臓が期待で跳ねる。
「なら――」
 テスカトリポカの影が立香に被さった。
「オレが教えてやるよ」
 立香の背中の下でスプリングが軋んだ。天井の燈に翳る男のシルエットに覆われて、少女は目を閉じた。