メイドの日、ティトラカワン

「今日、メイドの日らしいですよ」
 箱から揺すり出した煙草を咥えたテスカトリポカの隣で、立香はにっこりと笑って続けた。
「メイドオルタやタマモキャットがご主人様にご奉仕するんだーって張り切っちゃって、昼間は大変だったんです」
 年相応の少女の、溌剌とした笑顔だった。
「メイド服はないけど、今夜はわたしもあなたにご奉仕しちゃおうかなって思ってます」
「言葉には気を付けろよ。(オレ)に奉仕するのなら、生半可な気持ちで接することは許さん……と言いたいところだが、ちょうど火がほしくてね」
 目の前のローテーブルにある真鍮製のライターを一瞥すると、立香はそれに手を伸ばし、慣れた手付きで着火させ、テスカトリポカの煙草の先に火を点けた。
 自室の気に入りのソファの背凭れに腕を載せ、天井へ向けて気怠い紫煙を吐き出して、テスカトリポカは思惑する。
 本来なら、マスターとは、契約したサーヴァントを使役する立場にある。奉仕するのがサーヴァントだが、古代アステカ文明の最高位の軍神であるテスカトリポカは、契約者に仕えている気はなかった。もちろん、かつて敵対していたとはいえ、今はノウム・カルデアに属している、正真正銘立香のサーヴァントだ。しかし、一辺倒に忠誠を誓い、立香を護り、困難を打ち破ることを使命とするサーヴァントとは違う。テスカトリポカは、立香が戦う選択をしたから共に戦っている。ただひとりの戦士が、先が見えずとも戦い抜くと決意したのなら、弱い戦士であれくたばる瞬間まで傍にいて、燃える魂の行く末を見届ける必要がある。
 立香が戦うことをやめた時は、諦念の鼓動を刻む心臓を握り潰すつもりでいる。それは変わらない。たとえ恋人同士になったとしても。
「なんでもします」
 立香は張り切っているのか、得意げに鼻を鳴らした。
「言ったな? それなら、ベッドでご奉仕してもらおうか」
 テスカトリポカは彼女の細い顎を掴んだ。
「しばらくご無沙汰だっただろう?」
 それから、引き結ばれた唇を塞いだ。

 シーツに横たわる裸体は、透き通っていて、女らしい柔らかく華奢なラインを描いている。
 立香の肉体は、たとえるなら極上の馳走だとテスカトリポカは思う。処女膜を破った夜から幾度も交わってきたが、一度として同じ夜はなかった。夜な夜な新鮮な快楽を味わってきた。
 そんな彼女に、テスカトリポカは今夜再び「はじめて」を経験させる……掌に収まる小振りな形のいい乳房を寄せるように言い、立香の腹に乗り上げて、できた谷間に屹立した自身を埋め込んだのだ。
 性器にはあらかじめ掌で擦り込むようにして唾液をまぶしてあった。テスカトリポカがゆっくりと腰を前後させると、立香は「ひゃあ」と小さな声を上げた。唾液のおかげで滑りはよかったが、四方から締め上げてくる胎内と違って、胸の谷間に挟み込んでも昂る男の本能がすべて包まれることはなかった。それでも、摩擦を繰り返すうちに、快感がテスカトリポカの腰回りを重たくさせた。
「ん、むぅ、ん、おっぱいたくさん使って、気持ちよくなってください」
 左右から掌で寄せた自身の乳房が快楽のために嬲られているのに、立香は法悦(エクスタシー)を感じていた。テスカトリポカがかすかに息を乱し、腰を揺すって、弛む慎ましやかな双丘の間を擦れる度に下腹部の深い場所では雌の器官が熱く疼いていた。胸の頂ではすっかり乳首が硬くなって、痛いほどに膨らんでいる。いつもとは違うセックスに、興奮していた。
「舌を出せ」
 降り注ぐ命令に、立香は従順に舌を少し突き出した。柔乳の間を往復していた男根の先端が舌にあたる。離れると、カウパーが粘っこい糸を引いてテスカトリポカと立香を繋いだ。彼は腰を止め、彼女の唇に鈴口を押し付けた。舌と唇に触れる感覚は、子宮口の窪みが吸い付く感覚に似ていた。
 立香は唇に押し付けられた逞しい雄の天辺からとめどなく溢れるカウパーを舌で拭い、尖らせた唇でちゅるちゅるといやらしい音を立てながら舐め取った。
「オマエが欲情してどうする」
 とろけた眸で亀頭を舐め回す立香を見下ろして、テスカトリポカは目を細めてふっと笑う。性的興奮で粘度が増した唾液と先走りで滑りはいっそうよくなり、疑似的な抽挿であっても、確実に沸点は近付いてきていた。
「……っ」
 その時は瞬発的に訪れた。力強く引いた腰を突き出し、乳房に半ばから根本を埋めたまま弾けた。まだどこかあどけなさが残る立香の整った顔に精液が降り注ぎ、飛び散った。
「んっ、おちんちん、びくびくしてる……」
 片方閉じられた瞼にも精液はかかっていた。濃い白濁は間歇的にどっぷりと噴き出て、立香の顔を汚していった。
「……なかなかそそるな」
 亀頭を頬に擦り付けると、白く太い線が肌に引かれた。マーキングを終え、テスカトリポカは満足そうに言って彼女から離れた。股座では、情欲にあてられた性器が血管を浮かせて勃起している。一度だけでは昂ぶりは治まらない。
 精液にまみれた顔のまま、立香は片手を突いて身体を起こし、手の甲や指で拭った快楽の名残を毛繕いする猫のように舐め取った。
 彼女から漂う独特の青臭さを吸い込んで、テスカトリポカはわざとらしく首を傾げる。「まだ楽しませてくれるよな?」
「うん。ご奉仕、します」
 シワだらけのシーツの上にテスカトリポカが仰向けに寝転ぶと、立香は割れた腹に跨り、膝立ちになった。一滴の体液が、白い内股を伝い落ちていた。
「前戯もなしに濡れたのか」
 返事の代わりに、立香は曖昧に微笑んだ。それがごまかしの微笑であることはいうまでもない。
 立香は俯いて、おそるおそるとでもいうように自分の股の間にある肉杭に向けて少しずつ腰を落としていった。
「んっ……あっ、おっきい……」
「……はぁ……締まりがいいな」
 胎内は熱くとろけていた。立香の括れた腰に手を添え、テスカトリポカは肺腑に溜まっていた酸素を吐き出す。重たく鈍い形を成さないなにかがじわじわとせり上がる。
「あ、ぅう……」
 テスカトリポカをすべて胎に収め、立香は悩まし気に眉を寄せ、肉の詰まった膣内を埋める圧倒的な存在をたしかめるように腰を小刻みに前後させた。それだけで極致感が込み上げる。気持ちよかった。だが、これは奉仕なのだ。自分だけが気持ちよくなってはいけない。テスカトリポカに満足してもらわなければ……
 伸ばされたテスカトリポカの手を握り、尻を持ち上げ、抜き差しをはじめる。短いストロークで胎内の奥を何度もつつかれると、腰が砕けそうになった。
「……はっ、懸命なご奉仕だな」腰使いは拙いが、健気でいじらしかった。「先にイくなよ」
 愛液で尻まで濡れた股座がテスカトリポカに打ち付けられる度に重たく粘っこい音が跳ねた。立香は乳房を揺らし、髪を振り乱し、無我夢中で腰を振った。
「あっ、あ、んっ、や、ぁ、だめ……イっちゃうっ、子宮口もう降りてきてるのっ、奥に当たってるよぉ……!」
 イきそうになって反射的にピストンを止めるが、ぐずぐずにとろけた胎内は痙攣し、テスカトリポカをキツく締め上げた。
「搾り取る気か、クソっ……! イきそうだ」
「イって、中に出してっ……わたしの大事なところに……せーえき、びゅーってしてくださいっ……!」
「どこで覚えた、まったく」
 テスカトリポカは彼女の腰を挟み込み、快楽によって緩やかに降りてきていた子宮口に亀頭を押し込んで、吐精した。雌の本能なのか、狭まった窪みは子種を逃さないように攣縮した。
「いっぱい出てる……」
 胎に精液を溜め込んで、立香は不随な随喜に打ち震えた。

「どうでした、わたしのご奉仕」
 シャワーを浴びて着替えたあと、ベッドに戻り、ヘッドボードに寄り掛かるテスカトリポカに訊ねた。
「悪くなかった」涼し気な顔で彼は言って「お嬢――いや、メイド……まあ、どちらでもいいか」微苦笑した。
 メイドという言葉に反応して、立香は壁掛け時計を見た。日付はとっくに変わっていた。
「えっちしてる間に、メイドの日は終わっちゃってました。ご奉仕はおしまいです」
「なんだ、もうオレに奉仕はしないのか? またオマエが上でもいいぜ」
「……っ!」
 顔が赤くなるのを感じながら、立香は曖昧に笑った。それにつられてか、テスカトリポカも喉の奥で笑った。見詰め合っていると、どちらが先というわけもなく距離が詰まって、ふたりは今夜最後のキスをした。
「おやすみなさい、テスカトリポカ」
「ああ、ゆっくり休め」
 テスカトリポカの穏やかな声が心地よかった。
 ベッドに潜り込んだ立香の意識に眠りの煙が立ち込める。胎の中で受け止めた奉仕の報酬がいまだ媚肉を濡らしていたが、眠りに落ちる彼女がそれを気にすることはなかった。