雨声さざめく

 戯れに口付けようとして覗き込んだ立香の眸の中に、空の果で輝く綺羅星を見た。
 いつまでも見詰めていたくなる眸だ。長く量の多い睫毛が瞬いて、ぱっちりとした目がふっと細まって「プトレマイオス」名を呼ばれ、意識が弾けた。
「ちゅーしてくれないんですか?」
「ああ、すまない。おまえの眸に見惚れていた」
 思わず笑みが漏れた。
「おまえの眸は星のようだ。いつまでも見ていたい」
「好きな人にじっと見詰められると、恥ずかしいです」
「愛らしいことを言ってくれる」
 身体を屈めて顔を近付けるが、立香は目を閉じない。鼻先の距離が拳ひとつ分になっても彼女は目を閉じなかった。構わずに唇を塞ごうとしたが「あなたの目もきれい」そう言われて動きを止めた。
「月と同じ色ですね。ずっと見ていたい」
 白い手が白髯に触れた。体温を感じたくて、令呪が刻まれた手の甲を片手で包み込む。上と下で見詰め合ったまま、互いになにも言わなかった。否、今この瞬間、冴えたる一言など必要なかった。
 琥珀色の双眸には若さが漲り、凛然としていて、強かさと生命力が溢れている。綺羅星に射止められ、瞬きを忘れた。
 立香を強く抱き締めたいという衝動と、優しく抱き締めたいという切望が込み上げる。矛盾した感情に駆られたが、天秤は切望に傾いた。
 細く括れた腰を抱き寄せる。距離がさらに詰まって、ゆっくりと瞼が下りる。
——どうか、この眸が曇ることがないように。
——どうか、彼女の救済の旅が雨声さざめくことがないように。
 そんな祈りを込めて、柔らかい瞼に口付けた。