ハリー×ジェイムス

 ハリーとのスキンシップが一線をこえ、官能の域に達してから、夜な夜な互いに求めあうようになっていた。いわば、慰めだ。やり場のない性欲をぶつけ、深い夜を喰らう。ふたり用ではないベッドで蛇のように絡みあって、体温や呼吸、鼓動すら共有して、快楽に溺れる――それが当たり前になっていた。

 その晩も、ハリーの寝室にいた。
 脱いだシャツやジーンズを床に落とし、下着一枚姿でベッドに上がると、あっけなく押し倒された。足の間に割り入り、覆いかぶさってきたハリーの熱烈なキスを受け容れ、舌をつつきあって唾液を交え、吐息を微かに乱して、噴き出る快楽に身を委ね、互いに少しずつ興奮を高めていく。
「ジェイムス……」
 静かな官能を含んだハリーの声は甘い。唾液の糸が途切れて、ハリーの頭が胸まで下がる。
 筋肉で隆起した胸の真ん中ですでに硬くなっていた突起を吸われた。性感帯を刺激されると、痺れに似た気持ちよさが皮膚の下を駆け巡る。両手で中央に寄せるように胸筋を押し上げられ、尖先を摘ままれる。ハリーによってすっかり敏感にされてしまった乳首は、指の腹に摘ままれこねくり回され、吸われ、舌で嬲られることを悦び、唾液にぬらぬらと濡れて、いやらしく勃っている。
「前から思っていたが、ジェイムスの胸は柔らかいな」頭を上げたハリーがぽつりと言った。「揉み甲斐があるというか」
「変なことを言わないでくれ」
 恥ずかしくなって、顔を逸らす。社会人になって身体がなまってしまったが、体力が落ちないようにと筋トレは続けてきた。着やせして見られる方なので、はじめてハリーに肌を見せた時に驚かれたのは記憶に新しい。
「いい身体をしている」ハリーの手が片方の胸に食い込む。「夢中になってしまう」
「……んっ」
 ハリーの唇が乳首を挟み、ぷっくりと膨れた乳首は、舌で詰られる。肌を火照らせる、くすぐったいような気持ちよさが、いつのまにか癖になっていた。
 血流が下半身に向かって、足の間で下着の生地を押し上げて欲望が膨れる。下着を脱ぎ捨て、互いに生まれたままの姿になると、すっかり高揚していた。
 ふたりの腹の間で瞬く間に天井を向いたそれを、ハリーはなんのためらいもなく咥えた。
「……ッ!」
 男同士だ、気持ちのいいところはわかっている。先端を咥え込み、ハリーの舌が出っ張りの全体を器用に舐め回す。頭が離れたかと思えば、伸びた舌がゆっくりと血脈を浮かせる幹の裏側をなぞった。手とは違った摩擦に息が乱れる。気持ちがいい。身体が熱い。気持ちがいい。身体が熱い……。危うげな熱に浮かされて、頭がぼんやりしてきた。
 口腔に雄を招き入れ、片手で根元に並んだ膨らみを揉みしだきながら、ハリーは頭を上下に動かした。水っぽいみだらな音が聴覚を刺激する。官能は極まり、とろけてしまいそうだった。雁首を甘噛みされ、本能が攣縮する。あまりにも、気持ちがいい。
 ふと視線を下ろせば、肉棒を咥えたハリーの、長い睫毛が瞬くのが見えた。上向きの睫毛が瞬くのを見詰めていると、彼が不意にこちらを見上げた。目尻に浅い笑い皺を作り、ハリーは頭を動かし続ける。こちらの反応を窺うように、強弱をつけて吸い上げては頭を落とす。なんて、みだらな光景なのだろう。
「ハリ……ん、あ……」
 弱いところを責められて、身震いする。射精感が背骨を伝い上がり、ハリーの頭を身体から引き離そうと押しやる。彼の口腔で爆発するのだけは避けたい。額を押したのでハリーのオールバックが乱れたが、なんとか間に合った。
 狭く絡みつく湿った口腔の感覚があるうちに、自身の手で手に負えない蛇を包み込んで緩やかに扱き、自分の腹に向けて白い毒を吐き出した。刹那的な浮遊感のあとに押し寄せる快楽の余韻にうっとりとして、大きく息を吐き出した。
「私の口じゃあ満足できなかったか?」
「そんなことはない。ただ、あなたに負担を掛けたくなかった」
「余裕のない君が見たい」
 ハリーの手が孔にすべり、指先で軽くつつかれ、喉が反った。そこも、気持ちよくしてもらいたい。そう思って、枕元に転がっていたローションのボトルを渡す。
 ハリーは上唇を舐めて上半身を起こし、ボトルのふたを開け、中身を掌にたらし、再びふたをして、シーツの上にボトルを置いた。
「さて」
 膝裏を掴まれ、足をさらに大きく開かされる。窄まった孔にローションで冷えた指が添えられ、目を閉じる。この感覚にはいまだに慣れない。
 ハリーの指が体内を割る。孔は時間をかけて解され、室内には粘っこい音が響き始める。
「ハリー、あ、あ、そこ、あッ……んッ!」
 体内で曲がる指に上壁を擦られ、身体が痙攣する。ある一定の場所を刺激されると、不思議な感覚が背骨を突き上げる。言葉にできないくらいの快楽が脳を揺さぶるのだ。ハリーと繋がっている時、電流でも流されているのではないかというくらい気持ちよくて、気を失いそうになったこともある。その時はペニスの先から勢いのない白濁が漏れ出る。あれは射精感とは違うものだが……夢心地に浸るくらいには気持ちがいいので、今は大して気にしていない。
 ハリーの指に体内を掻き混ぜられ、息も絶え絶えだった。はやく、彼と繋がりたい、めちゃくちゃにしてほしい。
「ハリー……」鼻をすすって、震える声を振り絞る。「きてくれないか」
「……我慢できない?」
「あなたが欲しい」
「おねだり上手になったじゃないか」
 愉快だ、と言わんばかりに喉の奥でくつくつと笑い、ハリーは孔からすべての指を一気に引き抜いた。身体が強張ったが、拓かれ濡れた孔は、貪欲に、指よりも大きく凶悪なものを欲している。
 ハリーがスキンを着けている間が、ひどく長く感じられた。

 向かい合い、胡坐を掻いた彼の脚に座るようにして抱き合って、火照った肌を重ねる。尻の間には、ハリーの剛直が当たっている。これを早く体内に挿れてほしいが、こういうスキンシップも好きだった。
 ハリーより頭一つ分突出しているから、彼の頭を抱えるようにして、首の後ろに手を回す。吐息が掛かる距離で見詰めあって、キスをする。愛おしさが湧いた。はじめは傷の舐めあいのような関係だったのが、いまではこんなにも、互いを求めあい、慈しんでいる。
 腰を浮かせて孔に肉杭の先端を押し当てる。ハリーの手が左右から尻たぶを引っ張った。ぱっくりと拓いた孔に挿いるよう、杭にゆっくりと腰を沈めていくと、体内に確かにハリーの感触がした。
「あ……あぁ……!」
 ぞくぞくした。俯いて、ハリーの首の後ろに回した手に力をこめる。
 尻が彼の太ももに密着するころには、目には生理的な涙が湧いて、前が見えなくなっていた。
「挿った……?」
「ああ」ハリーの吐息が鼻先で弾んだ。「動けそうか?」
「ん、」
 腰を前後にくねらせると、肉壁を割った雄が敏感な部分を擦り上げた。
「は、あッ……」
 腰を上げて、下ろす。ローションで潤滑がよくなっていて、抜き差しはスムーズだった。排泄時と同じ感覚に震える。
「ジェイムス」
 腰に回ったハリーの手が力んだ。彼が腰を揺らしはじめ、開いた口から情けない声が漏れ出る。濡れた肉と肉のぶつかり合いは激しさを増していく。ぱん。ぱん。ぱん。肉がぶつかり合う淫猥な音が弾けては、途切れることなく部屋に響く。
 ストロークを重ねていくうちに体温が上がって、お互い汗だくだった。
「あ、ハッ、リ……う、あ、ああ!」
 ランプの燈に照らされたハリーのかんばせは、精悍で、どこか冷たさすら感じられた。しかし双眸の奥深くでは、情欲の炎が盛っている。この炎が鎮められるまで、互いを貪っていたい。
 腹の間で、まだ猛っていた本能が動きに合わせてしなっていた。ハリーはそれを優しく包み込み、緩慢に扱き始めた。目の前が白光を見たようにちかちかする。
「あ、う、ダメッ、そんなッ……んッ!」
 背中が丸まった。前も後ろも責められて、快楽が吹き零れて、わけがわからなくなっていた。理性はとうに崩れ去り、剥き出しの本能がハリーの本能と混ざり合って、夜に解けた。
「~~~~~!」
 爪先が張った。声にならない声が出て、白濁がペニスの先端から溢れ出た。ハリーはそれでも動きを止めてくれはしない。飛び散った白濁は腹も、脚も、シーツも汚した。
「ハリー、あ、あ、あぁ、ダメ、ダメだ……!」
 呂律の回らない舌で単調な言葉を繰り返し、融通の利かない子供のように頭を横に振ってみる。なにがダメなのか、自分でもわからなくなっていた。
「そんなに気持ちいいか?」
「…………!」
 一際大きく体内の深くを突かれて、眩暈がし、全身が弛緩した。
「はッ……はぁあ……」
 脱力したままハリーにもたれかかる。背中を抱かれたままベッドに倒れ込む。静止はその間だけだった。
 正常位での抜き差しがはじまった。硬く熱いものが規則的に出入りしている。足腰に力が入らなかった。覆いかぶさってきたハリーの背中にしがみついて、必死に喘いだ。
 孔の淵ぎりぎりまで引かれた肉棒は出っ張りで一度引っかかり、奥まで突き入れられる。ローションが乾きはじめていたが、動きは滑らかだ。
 ハリーの顎の先から滴った汗が胸に落ちた。
「私の、ジェイムス」
 柔らかな声音が吐息で紡がれる。瞬きを繰り返し、ハリーを見詰める。
 彼の頬に触れ、額を重ね、引き合ってキスをする。身体と身体の境目がよくわからなくなっていた。ハリーと完全に溶け合ったような錯覚さえ覚える。
――この人と生きていきたい。
 この場には不釣り合いな願望が生まれてしまった。
「ハリー……好きだ……」
 気が付けば泣いていた。この涙が生理的ものなのか、そうでないのかさえもわからない。
「私もだよ」
 そう囁いたハリーが不意に唸った。絶頂を迎え、肉襞の間で吐精している感覚がした。薄っぺらい膜が精を受け止めているから体内に吐き出されているわけではないのに、まるで生身のつながりのような魅力を感じてしまった。

 事後、片付けをして狭いベッドに並んでいた。
 緋色のランプの燈に照らされた部屋は、静けさと倦怠感で満たされていた。眠気が靄のように頭を支配しはじめる。シャワーを浴びて部屋に戻らなくてはいけないのに、それが億劫だ。ハリーと、このまま眠りたい。
「ふたりだと狭いが、このまま寝るか?」
 胸の内を見透かしたように、ハリーが言った。頭を擡げると、薄明りの中でハリーと目が合った。まなざしには、期待がこもっているように見えた。
「そうする」
 ハリーの肩口に頭を預ける。揃って呼吸は穏やかになっていた。
「おやすみ、ジェイムス」
「……おやすみ」
 今夜はよく眠れそうだ。
 ハリーの腕の中で安寧を噛み締めて、間もなくして眠りに落ちた。