待ち合わせの場所である、繁華街の路地裏のスクラップ屋に現れたパスファインダーは、見知らぬ女児の手を引いていた。パスファインダーは私を見るなり片手をひらりと振り、女児は私を見るなりパスファインダーのうしろに隠れた。
「怖がらないで、レヴナントはほんとうは優しいから大丈夫だよ。聞いてレヴナント、この子、迷子なんだ」
「……何故連れてきた」
「どうればいいのかわからなかったんだ。駅前で見つけたんだけど」
「放っておけばよかったんだ。お前はこのままでは誘拐犯と同じだぞ」
「えっ! ユウカイ!?」パスファインダーは咄嗟に女児を見た。「僕、誘拐犯になっちゃうの?」
鉄と機械油のにおいに不穏な空気が混ざる。店の奥にいる店主の視線を背中に感じて振り返る。睨め付けると、店主は慌てたように視線を逸らした。
女児は「パスファインダーは悪い人じゃないもん」と小さな声で言った。泣くのを堪えているのか、アンバーの眸は潤んでいる。
「ねえレヴナント、僕、この子を家に送り届けてあげたいよ」
「……面倒な奴だな。警察署にでも行けばいいだろう」
「警察? 落とし物を届けるのと同じでいいの?」
パスファインダーの胸部ディスプレイに感嘆符が浮かぶ。女児はパスファインダーの手を握ったまま、不安そうに彼を見上げた。「私、お家に帰れる?」
「うん、きっと晩御飯までには帰れるよ。よし、レヴナント、一緒に警察署に行こう!」
「お前ひとりで行け。私はお前の倉庫で待っている」
素気なく返すと、パスファインダーは女児と顔を見合わせて「レヴナントは警察署が嫌いみたい」肩をすくめた。
パスファインダーの倉庫は相変わらず散らかっていた。
彼の気に入りの赤いレザーの高耐荷重ソファに腰を下ろし、イコライザーを繰り返したり、サイレンスデバイスを手の中で転がすうちに時間は経ち、夜の帳が下りはじめたころ、倉庫の主は戻ってきた。
「ただいま、レヴナント!」
パスファインダーが浮かれているのはすぐにわかった。彼は大股で——床に転がるネッシーのぬいぐるみやテディベア、大量のリペア用パーツやメンテナンス用の工具箱をさけて——歩いてくると、隣に腰を下ろした。
「あの子、ちゃんと家に帰れたよ。警察署に家族が迎えにきたんだ」
「そうか」
「ありがとうって言ってくれた。とてもいい子だった。人間の子供は可愛いね。無事に帰れてよかった」
「二度と迷子を拾ってくるなよ」
「うん、誘拐犯にはなりたくないからね」
善良なるパスファインダー、未成年を誘拐する——そんなくだらない朝刊の見出しが浮かんだ。あまりにくだらないので、鼻で笑う。「ねえ、もし僕が迷子になったら、君は迎えにきてくれる?」
「ハッ、警察署までお前を迎えに行かないといけないのか。そんなこと、お前のお友達の皮付きに頼め」
「違うんだ、君じゃなきゃいけないんだ。友達じゃダメ。家族じゃなきゃ」
「私がいつからお前と家族になった」
一拍置いて、パスファインダーは首を傾げた。「パートナーは家族だよね?」
胸の装甲の内側でコアが一刹那熱を帯びる。どこでそんなことを覚えてきたのだろう。彼は、ロボットには不必要なことばかりラーニングしてくる。
「まったく、お前はほんとうに面倒な奴だな。……迷子になるな」デバイスを転がしていた手でパスファインダーの片手を掬い取る。「どこへ行くにも私がこの手を引いていないといけないのか?」
「君と手を繋ぐのは好きさ!」
胸部ディスプレイをピンク色に染めて、パスファインダーは手を握り返してきた。その手を振り解くことができなくて、指を互い違いに組んだまま、彼から伝わる鋼鉄の冷たさを味わうことにした。