「ねぇ」
銃声が止んで血腥い静けさが戻った時、背後で穏やかな声がした。
銃を手にしたまま咄嗟に振り返ると、銃口の先にフェイスが立っていた。彼女の足元には、殺したばかりのペギーの死体が転がっている。たった今この場所を制圧したばかりなのだ。彼女がここにいるわけがない。きっとこれも幻覚だ。
わかっていても銃の引金を引けない。
「あなたの髪、きれいね」
屍山血河の光景に似つかわしくないことを言って、フェイスは微笑んだ。
彼女は胸に突き付けられていた銃を手の甲であしらい、距離を詰めてきた。
「羨ましいくらい、きれいな髪」
白い手が伸びてきて、ほっそりとした指がゆっくりと髪の表面を滑り落ちた。
「大変、頬に血がついてる」
柳眉を寄せたフェイスの親指の腹に、頬骨の辺りを擦られる。
「これで大丈夫。きれいなあなたが血と泥で汚れてしまうなんて、そんなの絶対にいや」
頬を撫でたあと、手は首のうしろに回った。うなじに留まる指は少しだけ冷たい。
「私はあなたが好き。ファーザーにも、兄達にも渡したくない」
長い睫毛に囲われた淡い色をした眸と距離が近くなる。
「私だけの——」
風が止んで、名前を呼ぶ甘美な声が耳に流れ込んでくる。はっとして目を見開いた時にはかぐわしい吐息が鼻先にかかっていた。額に当たったフェイスの前髪がくしゃりと潰れ、薄く開いていた唇を塞がれた。時間が止まる。押し当てられた紅唇は柔らかく、甘い。
銃を落とし、フェイスの華奢な腰に手を回す。
「保安官?」
聞き慣れた声が溶けかけた意識をつついた。視界が真っ白になって、反射的に声のした方へ顔を向けると、怪訝そうな表情のシャーキーと目が合った。
「アンタさっきからなにを見てんだ?」
「えっ?」
「誰もいないところを見詰めてたろ? 俺はてっきりプレデターが出たのかと思って——」
「今、フェイスがいた」
「ここには俺とアンタしかいないぞ。……あ、ペギー共は死んでるからカウントしてない」
「でも……フェイスが……」
「なんだよフェイスフェイスって。俺と一緒じゃ不満なのか?」
担いだショットガンの銃身で肩を軽く叩きながら、彼は唇を尖らせた。
辺りを見回してみるものの、彼の言う通り誰もいない。
あれは幻だったのか。自分は夢を見ていたのか。では、唇に残るこの感触はなんだ。
「確かにフェイスと……」
恐る恐る指先で唇に触れる。
「フェイスと?」
「……なんでもない」
曖昧に笑って、少しだけ恥ずかしくなって、俯いた。