ガルマ×バウタオーダ

 些細な接点から共に過ごす時間が増え、信頼し、背中を預けて戦い、互いを知り、胸の内で芽生えた想いを打ち明け、唯一無二の友から、関係がいわゆる「恋人」になったのは、いつだっただろう。
 バウタオーダとさらに時間を共有するにつれ、ある変化が、ガルマの中で生じていた。それはバウタオーダに対する「慈悲」であるとガルマは思っていた。ガルマは「愛情」というものを知らなかったのでそう思っていたが、バウタオーダからひたむきに向けられる想いや言葉が「慈悲」ではないことに気付いてから、気持ちの変化を意識しはじめるようになっていた。

「好きですよ」

 ふたりきりの時にバウタオーダにそう言われると、胸の奥が疼いた。それはむず痒いような、けれど心地好い言葉だった。甘く熱い感情となってガルマの胸を焦がす言葉は、やがて「愛しています」に変わった。
 あたたかく柔和なそれが俗にいう「愛情」であると気付いた時、年甲斐もなく目頭が熱くなったのをよく覚えている。
 バウタオーダにもっと触れたい。
 そう強く願い続けた或る晩、とうとう、甘ったるい雰囲気の中キスをした。その日以来、ふたりきりの時は必ずキスをするようになっていた。唇を重ね、そっと舌を絡ませる――神聖な儀式にも似ていた。
 バウタオーダに触れたいという気持ちは、もっと強くなっていた。いつの間にか、キスだけでは足りなくなっていた。
 だから今晩、「抱かせてくれ」と切り出したのだ。
「だ、だ、抱くとは、つまり、その、交わる、ということですか?」
 らしくない、どもりながら、バウタオーダは言った。顔も、首筋も真っ赤だった。
「いやか?」
「いえ、ただ、こっ、心の準備が……」
「無理強いはしない」
 バウタオーダは俯いた。それからややあって顔を上げた。眸には強い意志が光っていた。「ガルマ殿がそう仰るなら、私は身を委ねます」
「ほんとうにいいのか?」
「はい。ただ、はじめてなので……なにもできないとは思いますが……私も、ガルマ殿のことを大事に思っているので」
 男所帯で過ごしてきたガルマにとって、同性とのセックスは慣れたものだった。しかしそれはただの「性処理」であって、相手を慈しんだこともないし、それどころか、抱いた相手の顔すらも覚えていない。
 長い沈黙がふたりの間にあった。
 ガルマは椅子から立ち上がり、ジャケットを脱いだ。
 バウタオーダは顔を赤くさせたまま、手を下にクロスさせて、白いTシャツの淵を掴んだ。
 壁に張り付いた影だけが、せわしなく形を変えた。

 組み敷いたバウタオーダの顎を掴むと、バウタオーダは顔を火のようにさせ、目を固くつむった。初心な反応には、毎度のことながら微笑ましさすら感じる。しかし今夜は、「キス」以上のことをする。それはバウタオーダにとってはじめてのことであり、仲間、友以上の親密な間柄だからできうる行為だった。
「……やめるなら、今のうちだぞ」今更ながら、そう声をかけると、碧眼が震える金色の睫毛の間から覗いた。
「いえ、大丈夫です。……きてください」首の後ろに手が回る。蚊の鳴くような声は、ベッドの足が軋む音に掻き消された。
 ガルマはバウタオーダの太い首に口付けを落とした。両腕を突っ張って、リップ音を弾ませながら、身体を少しずつ下肢へ移動させた。
 同じドラフ族であるのに、バウタオーダの身体は雪のように白い。そこに赤い花を散りばめていく。戯れるように火照った肌をぶつけあうと、褐色と白のコントラストがランプの明かりに暴かれた。
「怖いか?」身体を起こして、バウタオーダを見据える。
「いえ、くすぐったいだけです」
「そうか」ガルマは上唇を舌先で舐めた。
 女に興味を抱くことなく、ただひたすらに正義を貫き、慎まやかに過ごしてきたであろう聖騎士の下肢へ視線を移し、まだ萎えたままのそれを片手で包み込み、しごいてやった。バウタオーダの息はすぐに上がった。哀愁すらたたえる色気には、思わず見惚れてしまった。
「ガルマ、殿、あ、あ、あぁ」顔を逸らし、歯を食い縛る様は愛らしさすらあった。
「バウタオーダ。オレを見ろ」涙で潤んだ双眸がガルマに向いた。ガルマは手を止めないまま、バウタオーダの唇を塞いだ。歯列をなぞり、舌を吸って離れると、間で唾液の糸が引いた。
「ガル、マ、どの」
――こんな顔もするのか。
 熱い吐息とともに紡がれた己の名に、ガルマは欲情した。
 

 長い時間をかけて愛撫をし、いよいよ、繋がるために、孔に指をやる。潤滑油がないのは、仕方ない。唾液でどうにかするしかない。
 バウタオーダに力を抜くように言い、たっぷり濡れた指を孔にあてがった。強い抵抗があった。窄まった孔はガルマの指を拒んだが、バウタオーダが息を大きく吸ったりはいたりするうちに、少しずつ受け容れていった。
「あ、ガルマ殿、だめ、です……あ、ああ」
 折り曲げた足を痙攣させ、シーツを握り締め、バウタオーダは「いやいや」をする子供のように首を振った。目には光るものがあった。
 体内に潜り込ませた指を内側へ折り曲げると、バウタオーダの口から太い嬌声が漏れた。それには本人も驚いたのか、バウタオーダは慌てて手の甲を唇に押し付けた。
 結合部からは水っぽい音が跳ねた。孔は、指を二本も根本まで受け容れている。ころあいだなと、ガルマは思った。
 指を引き抜くと、体内は形を覚えようとでもするように攣縮した。
 頭を傾け、ふっふと息を弾ませるバウタオーダに口付ける。その間に、バウタオーダの足の間に身体を割り込ませ、膝裏にやんわりと指を食い込ませた。
 硬くなった自身を孔へあてがうと、バウタオーダの身体が硬直するのがわかった。じっくりとほぐしたとはいえ、子供の腕ほどはある大きさの昂りが入るかはわからなかった。
「力を抜いていろ」
「……はい」
 そこからは、一瞬だった。濡れた孔はあっさりガルマを受け容れた。バウタオーダは刹那的に息を詰め、喉を反らして小さくわなないた。バウタオーダの身体の真横で腕を突っ張り、身を乗り出して腰を突き出し、ゆっくりと突き入れる。
「あ、ガルマ殿、あ、あぁ……」
 弱弱しく声を漏らすバウタオーダは、ガルマの背中にしがみついた。
 ぎしぎしとベッドが軋みはじめる。腰を揺する。精力に満ちた息遣いと、肉が重なる湿った音が、部屋に響いた。静かなセックスだった。そこには確かに「愛」があった。バウタオーダは目を閉じて、小さく喘いでいたが、連なった背骨を這う手にはしっかりと力が込められていた。
「ガルマ、どの……好きです……」
「オレもだ。オレもお前を好いている。この世の誰よりも」
 生々しい雰囲気には似つかわしくないかもしれない。それでも、伝えておきたかった。

 事後、生まれた姿のまま、ベッドに並んでいた。ブランケットにはふたり分の体温が染みついている。ひとり用のベッドに男がふたり並ぶのは狭苦しくもあったが、悪い気分ではなかった。バウタオーダはガルマの胸に頭を預け、うつらうつらしていた。
 盗賊時代から追い求めていた、目に見えない尊いものを手に入れられた今、ガルマは、満たされていた。
 この時間がいつまでも続けばいいと切に祈りながら、バウタオーダの白い額に口付けて、自身も眠ろうと目を閉じた。