最近、レヴナントが僕を避けている気がする。
夜になっても僕の倉庫には来てくれないし、試合で同じチームになってもいつもみたいに息が合わない。レヴナントは、気が付けばふらっといなくなってしまう。捜してみてもいつもの場所にはいない。どこにもいない。すごく寂しい。
だから、今日はちゃんと話をするつもり。喧嘩をしたら先に謝ることが大切だってエリオットやナタリーも言ってたしね。
別にレヴナントと喧嘩してるわけじゃないけど。
キングスキャニオン中を捜し回ってようやく、レヴナントを見付けた。いつかの夜に一緒に過ごしたスカルタウンの竜骨の天辺にいた。
ジップラインを射出する前に名前を呼ぶと、レヴナントは数日振りにしっかりと僕を見てくれた。
なんだろう。レヴナントはどこか哀しそうに見える。
パスファインダーに名前呼ばれるたびに、触れられるたびに、長い夜を共に過ごすごとに、記憶領域内に彼との思い出が増えていく。
彼がそばにいる間だけは、記憶領域にこびりついた死の冷たさは遠のき、刻まれた耐え難い苦痛も忘れられた。
だが、一機になると、内側で息を潜めていた逃れられない死の記憶が私を責め立てる。
そうなると、パスファインダーの呑気な声が聞きたくなる。
パスファインダーとの時間が増えれば増えるほど、ひどく恐ろしくなる。百年先も、さらにその先も彼は私のそばにいると言ったが、もしも彼が先に機能停止したら、私はどうなるのだろうか。
知ってしまった穏やかな時間を恋しく思いながら、消せない思い出に縋りつき、生き地獄を味わわなくてはならないのか……
結局のところ、それが私の運命なのだ。
「レヴナント!」
スカルタウンの乾いた風は、砂上から響く声を巻き上げた。視線を下げると、はるか下にパスファインダーの小さなシルエットが見えた。
飛んできたジップラインのアンカーが黄ばんだ竜骨の窪みに引っ掛かって、パスファインダーが上昇してきた。
「ここにいたんだね」彼は当たり前のように私の隣に腰を下ろした。「捜したよ」
「なんの用だ」
「最近、君が僕のことを避けてる気がするんだ」
「ああ、避けている」
「どうして?」パスファインダーは首を傾げた。白い月明りを浴びたアイカメラのレンズが明滅する。動力コアが熱くなって、切ない疼きが回路を駆け巡る。言葉を紡ぐだけなのに、肝心の言葉が出てこない。
「……運命論というものを知っているか?」
「知ってるよ。物事や出来事っていうのは、神様によって全部最初から結末が決まっているから変えることはできないっていう理論でしょ?」
「そうだ」
「人間って面白い哲学を生み出すよね。それで、その運命論と君が僕を避ける理由がどう繋がるの?」
ぬるい風が吹いた。頭上で月が叢雲に隠れ、辺りがわずかに暗くなる。パスファインダーは私の答えを待っている。
小さく排気して彼から視線を外し、遠くを見据える。茫洋とした夜のとばりが朽ち果てた街を覆っている。
「きっとお前は私より先に死ぬだろう。私より先にお前が動かなくなったら、私はまた永劫の苦しみを味わうことになる。それが私の変えられない運命だ。お前との思い出に縋りながら惨めにお前の幻影を求めるくらいなら、お前との記憶など、ないほうがいい。もう、私に関わるな」
パスファインダーの胸部ディスプレイの表示がめまぐるしく切り替わっている。画面は砂嵐に変わり、やがて暗転した。
「神様を信じていない君が人間の説く理論を信じているなんて、なんだか君らしくないね」
パスファインダーの静かな声が聴覚センサーを震わせる。パスファインダーの胸部ディスプレイが明るくなった。表示されたのは、見慣れた笑顔を浮かべた黄色いフェイスマークだった。
「神様に決められた運命なんて、変えちゃえばいい。僕と君とならなんだってできる。運命は巡り合わせだけど、行動することで結果が変わるのが必然だ。僕と君が出会ったのはもしかしたら運命だったかもしれないけど、仲良くなって恋人になったのは、お互いにそうなりたいと願って行動したからでしょ? それは運命なんかじゃない。必然だ」
パスファインダーは言い終わると、私をじっと見詰めた。
「君が君自身の「終わり」を望んで結果を求めているなら、その時点で運命を変えているよ。お願い。どうか忘れないで。僕は君を残して死んだりしない。必ず君の探し物を見付けて、君が望むものを手に入れる。それが僕の必然。いいや、僕たちの必然だ」
「ひつ、ぜん」
復唱する。人類の救世主と呼ばれたMRVNは、私にほんとうの死を与えてくれる気がした。
鋼鉄のパーツで組み立てられた私の内側――動力コアとは別の場所にあるなにかが熱くなって、希望の火種が弾けてしまった。
「レヴ、最期まで、一緒に生きよう。愛し合おう」
片手を握られた。パスファインダーの言葉が記憶領域を上書きしていく。彼を遠ざける理由は、もうなかった。0と1で構成された私の世界の真ん中には、パスファインダーがいる……。
キングスキャニオンの藍色の空が少しずつ白んでいく。
眩い暁光が赤と青の機体を照らし、錆び付いた運命を焼き尽くしていった。