「チーズバーガーひとつ! パティとチーズをマシマシで!」
立香からの元気いっぱいのオーダーに、ブーディカは皿を洗う手を止めて噴き出した。
「久し振りの〝ジャンクフード・デー〟だね、マスター」
「そう。今日はチーズバーガーの気分」
カウンターの向こうで立香がはにかんだ。
「チーズバーガー、『パティとチーズをマシマシ』な。ちょっと待ってな」
オーダーを復唱したビーマが白い歯を見せて笑い、早速調理に取り掛かる。
食べ盛りのマスターは、時々無性にジャンクフードが食べたくなる時があるらしく、そういう時は、昼食にハイカロリーなものを注文する。その日を、厨房のメンバーは〝ジャンクフード・デー〟と呼んでいる。
メニューは、具沢山のピザ、チーズたっぷりのハンバーガー、ジューシーなフライドチキン、チョコレートの海に浸かったドーナツや、生クリームの山ができたパンケーキなどなど。付け合わせは、ポテトの時もあればオニオンリングの時もある。甘いものの時はジャムや蜂蜜だ。それらを、立香はすべてぺろりと平らげる。
パティを焼くビーマをカウンター越しにじっと見詰めている立香の隣に、大柄な人物が立った。
彼女はその人物を見上げて微笑んだ。
「こんにちは、プトレマイオス。まだ昼なのに、その姿でいるのは珍しいですね」
「懇意にしているサーヴァントたちと親睦を深め合うための宴が夜にあるので、そこに参加したいと若い吾から相談を受けてな。今日だけ入れ替わることになった」
「普段でも霊殻遷移できるんだ……」
「できるとも。魔力を多く消耗するので吾としてはあまりやりたくはないのだが……まったく、あの若造め」
プトレマイオスは顔を顰めたが、すぐに表情を和らげた。
「それにしても、今日のおまえは格別機嫌がいいな」
「そう見えちゃいます? 楽しみにしていたチーズバーガーを食べるからかな」
「それが今日のおまえの昼食か」
「うん。でも普通のチーズバーガーじゃないですよ。『パティとチーズをマシマシ』のチーズバーガーです」
得意げに言う立香を見て、プトレマイオスは「そうか」と微笑んだが、彼にとってチーズバーガーとは、実のところ未知なる存在だった。
もちろん知識としては知っている。現代では知らない者はいないとされるファストフードの代表ともいえる料理で、カロリーが高く、塩分も脂質も多い、いわゆるジャンクフードにカテゴライズされる料理だ。他にも知っていることはある。知識としてならいくらでも語れる――が、それだけだ。立香をこんなにも喜ばせることができる『パティとチーズをマシマシ』のチーズバーガーとは、果たしてどんなものなのか……
「ねえ、せっかくだし、お昼ご飯、一緒に食べませんか?」
「そうしよう。吾もおまえと食事がしたい」
「できたぞマスター。『パティとチーズをマシマシ』のチーズバーガーだ」
木製のプレートには、バーガー袋から飛び出したピックの刺さったボリューミーなチーズバーガーと、揚げたての半月型のポテトが載っていた。
「わあ、美味しそう!」
三枚もパティが挟まった分厚いハンバーガーを見て、立香は目を爛々と輝かせた。輪切りのトマトと瑞々しいレタスに、バーベキューソースのかかった厚いパティ……間に挟まっているとけたチーズが、艶やかなバンズによく映えている。
「コーラも飲んでおけよ。好きだろう?」
「うん。ありがとう、ビーマ」
「いいってことよ」
厨房から伸びてきた褐色の手が、立香のトレイにコーラのボトルを置いた。
「先にわたしが席を取っておきますね」
空いているテーブルに向かう立香の背を見送り、プトレマイオスはゆっくりと顔を正面に巡らせ、身体を屈めて厨房を覗き込み、オーダーを待つビーマに言った。
「吾もマスターと同じものを」
「待たせたな」
隣に座ったプトレマイオスの皿を見て、立香は「あっ」と小さく声を漏らし、目を丸くさせた。
「プトレマイオスもチーズバーガー? こういうの、食べないかと思ってました」
「実際食べたことがないが、興味をそそられてな。なにごとも経験だ。おまえと同じ『パティとチーズをマシマシ』にした。ポテトとコーラもつけてもらった。それで、おまえはこのチーズバーガーをどう食べる?」
「思い切りかぶりつきます」バーガー袋に包まれたチーズバーガーを両手で持ち上げ、立香は「いただきます」豪快に一番上のバンズとパティにかぶりついた。
プトレマイオスもチーズバーガーを手に取った。立香には大きすぎるが、彼の掌にはすっぽりと収まる。
立香に倣ってかぶりつくと、濃厚な肉汁が舌の上に溢れた。肉肉しいパティとチーズの相性は抜群だ。食べ進め、噛み締めるごとに、トマトと、隠れていたピクルスの酸味が肉の旨さを引き出す。美味かった。栄養価の低い食べ物というのも悪くないとすら思える。
バーガー袋の中で、かぶりついた方とは逆の方からトマトとパティが落ちそうになった。プトレマイオスは具材が反対側から零れ落ちないように、指を置く位置を変えてバランスを取り、はじめてのチーズバーガーに舌鼓を打った。
「プトレマイオス、ソースが髭に付いていますよ」
「……どこだ?」
「こっちを向いてください……そのままじっとして……」
彼女は卓上の紙ナプキンを取ると、プトレマイオスの顎の辺りを撫でるように拭いた。
「これで大丈夫」
「すまない。食べるのが難しいものだな、これは。反対側から中身が落ちそうになる」
「わたしも子供の頃は食べ慣れるまで反対側からパティを落としていました。ピクルスはいつも残してたし……ポテトはお母さんと半分こして……懐かしいな……」
チーズバーガーに視線を溜めているのに、立香は遠くを見ているようだった。その視線の先にある記憶の一片を、プトレマイオスは見たくなった。
「幼いおまえの姿が目に浮かぶようだ。実に愛らしい」
「子供の頃の話なんて、久し振りにしました」
顔を上げた立香は、清々しさと切なさが混ざり合ったような微笑みを浮かべていた。
「おまえの子供の頃の話が聞きたい」
「わたしの子供の頃の話、ですか?」
「ああ。おまえの中にある物語(きおく)を、吾に聞かせてはくれないか」
「……じゃあ、あとであなたの部屋に行っちゃおうかな?」
「おまえならばいつでも歓迎しよう。夜まで時間はある。思い出話をじっくり聞かせておくれ」
やがてふたりは『パティとチーズをマシマシ』のチーズバーガーを完食した。もちろん、ポテトとコーラも。そして、ビーマとブーディカに見送られ、揃って食堂をあとにした。
「どうでした? はじめてのチーズバーガーは」
「悪くない。おまえはあれをよく食べるのか?」
「たまーに食べます。無性にジャンクフードが食べたくなる時があるんです。そういう時は今日みたいにチーズバーガーを食べるんです。ピザを食べたり、ドーナツをたくさん食べる時だってあります」
「ならば次にその時が来たら吾も呼んでくれ。おまえと同じものが食べたい」
「いいですよ。なんだかプトレマイオスと〝悪いこと〟してるみたいで嬉しい」
「はは、吾は〝悪いこと〟をしてしまったか」
「ジャンクフードをお腹いっぱい食べたり、深夜に甘いものを食べちゃう悪い子がマスターでもいい?」
「いい。善も悪も兼ね備えてこそ人だ」
立香がえへへといたずらっぽく笑う。それにつられてプトレマイオスも喉の奥で笑った。
「次はドーナツにしようかな。チョコレートがたっぷりかかったやつ。食べたことありますか?」
「いいや。次の楽しみにしておこう」
「美味しいんですよ、ドーナツ」
廊下にふたり分の足音と、控えめな笑い声が響く。
昼にしか経験できないこともあるものだと、プトレマイオスは関心した。