衣擦れの音と、艶を帯びた吐息混じりの女の声が薄暗闇に溶けた。
深い夜にふさわしい官能が室内に幕を降ろしていた。
部屋の主であるプトレマイオスは、ベッドに仰向けのまま、己に跨って健気に腰を揺する女——マスターであり、情を交わした仲でもある——立香を見据え、厚い手で前後する小振りな尻を支えていた。
彼女の股座が鼠径部に擦り付けられる度に、プトレマイオスの寝衣が擦れて微かに音を立てる。
立香の部屋着である丈の短いパンツから伸びる折り曲げられた足がランプの燈に照らされて魅惑的だった。
——……えっち、したい。
ほんの四半刻前、プトレマイオスは部屋に来た立香にそう言われ手を握られた。頬を淡く染めてプトレマイオスを見上げる彼女は色を知った女の顔をしていたが、初々しさもあった。
実のところ、立香はまだ生娘だ。
立香の胎を暴き、彼女に快楽を教えたのはプトレマイオスだった。しかしそれは陽根でではなく、指で、だった。故に立香は、正確にはまだ男を知らない。だが、男女の営みというものは、様々なのだ。
今も、互いに服は着ているが、性器を擦り合わせている。淫らな摩擦は性的興奮を駆り立て、官能を熟れさせる。プトレマイオスはこのあと、いつものように、愛蜜を溢れさせる花弁を愛でるつもりでいる。
「前から気になってたんだけど……」
立香が動きを止め、髪を一房耳に掛けた。
「どうして、わたしばっかり気持ちよくしてくれるの?」
「それはおまえが愛らしいからだ。いつまでも愛でていたくなる」
プトレマイオスは眦を下げた。それから立香の華奢な背に手を添えて抱き寄せた。胸に崩れてきた彼女はまだなにか言いたげな顔をしている。
「なんだ、不満か?」
「ううん、違う。ただ……プトレマイオスは興奮しないの?」
立香は「あのね」と語を継いだ。
「いつも終わったあとに考えちゃうの。気持ちよかったけど、プトレマイオスはどうだったのかなって。男の人は興奮すると勃起するでしょう? だけど、えっちしててもプトレマイオスは反応しないから……やっぱり、おじいちゃんだから?」
「吾はこの歳でも横溢だぞ。精力もある」
「それなら」立香は剣呑と眉を寄せた。「わたしに魅力がないってことだよね……」白い顔に翳りがよぎった。
「そんなことはない。おまえは魅力的だ」
立香は俯いて黙り込んだ。プトレマイオスは彼女の頬に手を添えて正面を向かせた。視線が交わって「でも」薄く開かれた唇からか細い声が漏れた。「今だって反応してないし」
今度はプトレマイオスが黙り込む番だった。
果て、困った。
プトレマイオスは、彼女にゆっくりと快楽を教え込みたいが故に自制をしているだけだったのだが、それがかえって立香を不安にさせたらしい。好いた女を組み敷いて反応しない男がいるわけがないのだが、長く生きていれば、欲望をひとつ飼い馴らすことなど簡単なことだ。
立香の憂いを帯びた表情を見据えていると、腹の底でどろどろとした熱いものが渦巻いた。それは少しずつせり上がって、プトレマイオスの鋼の如き理性の末端を溶かした。鎮火していた情欲の火種が弾けて、あっという間に燃え広がる。
瞼を閉ざし、蓄えた顎髭を撫で、プトレマイオスは鼻息をついた。再び瞼を持ち上げ「立香」愛する女の名を呼ぶ。
「吾は今宵お前を抱く。自制はしない。それでも、いいか?」
立香の身体が一刹那強張った。熱っぽく体温を吐き出すと、彼女は「うん」小さく顎を引いた。「わたしも、抱かれたい」
すぐに立香は服を脱いだ。下着が床に落とされて、プトレマイオスもまた寝衣を脱いだ。
立香の剥き出しになった身体は、シーツの上でランプの燈に暴かれた。
プトレマイオスは張りのある彼女の瑞々しい身体に口付けを落とし、小振りな乳房を揉みしだき、尖った乳首をねぶった。指先で今まで見付けてきた性感帯をなぞり、括れた腰に手を這わせる。開かれた足の間に雄々しい身体を割り込ませ、時間を掛けて愛撫をした。
体格差があるから、慎重に扱わなくてはならなかった。先程のように立香に跨らせることも考えたが、未通の女にそれは酷だ。
「あ……すごい……おっきい……」
プトレマイオスの屹立した本能を見て、立香は口元に指を添えて呟いた。甘い期待が眸に揺らいでいるのをプトレマイオスは見逃さなかった。
立香の太腿のあわいを割ると、これからプトレマイオスを受け容れる女の部分はぐちょぐちょにぬかるんでいた。プトレマイオスによって育てられた快楽の花は匂い立ち、夜に咲き誇っている。
中指と環指を割れ目に潜り込ませると、立香が「んっ」と声を上げた。
「あ、ああ……」
色を含んだ切なげな声は、ますますプトレマイオスの劣情をあおった。
上向きの掌を前後させながら、プトレマイオスは立香の唇を塞いだ。ふっくらとした下唇を啄み、くねる舌先を吸い、喜悦に染まった吐息を呑み込んだ。額を突き合わせると、覗き込んだ立香の眸は官能の熱で蕩けていた。
「……お腹の奥、熱くて、切ないの……」
縋るように首のうしろに手が回る。
頃合いだと思った。
引き抜いた指には、濃く白い粘着質な愛蜜が根元まで絡んでいた。指同士が離れると、ねっとりと糸が引いた。ぱっくりと開いた粘膜の間から、処女膜が覗いている。今からプトレマイオスはこれを破る……
プトレマイオスは太い血脈を浮かせてそそり勃った自身に手を添えると、ぬらぬらと照る媚肉に載せた。先端で充血して芯を持った陰核を押し上げると、立香が喘いだ。立香はここが感じやすい。
「挿れるぞ」
「うん」
小さく跳ねた太腿を一際大きく開かせ、プトレマイオスは腰を突き出した。
「あっ、ああ……! ん、ぅっ……」
「痛むか?」
立香は切なげな表情で首を振った。
「大丈夫、痛くない。奥まで、きて」
張り詰めた陽根はぬぷぬぷと胎の内側へ沈んでいく。膣肉を割って真っ直ぐに奥へ奥へと侵入する圧倒的な存在に、立香は身震いした。自在に動く指とは違った感覚だった。微かな疼痛と、内臓を押し潰すような圧迫感があった。
「あっ、う」
胎から脳天を突き抜けるような衝撃が走った。間隔の短い呼吸を繰り返し、立香は喉を反らした。挿入されただけなのに、得も言われぬ気持ちよさがあった。
「ここがお前の最奥か」
深々と挿入したところで腰を止めたまま、プトレマイオスは動かなかった。立香の様子を窺い、大きな手で彼女の腹を撫でた。
「胎の内側に吾がいるのがわかるか?」
立香は頷くことしかできなかった。目の前がちかちかと明滅して、じんわりと心地良い温かさに包まれて、夢心地だったのだ。
胎内を満たす熱量は、すぐに立香を小さな死に至らしめた。気持ちがよかった。微弱な痺れがずっと下腹部を疼かせる。絶頂を迎える時の鋭い快感とは違った心地よさがあった。
それでも立香はプトレマイオスを呼ぶことしかできなかった。覆い被さってきたプトレマイオスの厚い背中にしがみついて「気持ちいい、気持ちいいよぅ」生理的に湧いた涙を流した。
巨躯で彼女を下敷きにしないよう気を付け、立香の胎内に留まったまま、プトレマイオスは「いい子だ」と囁いて、ゆっくりと引いた腰を、ゆっくりと突き出した。
「あっ……!」
一突きで立香の身体が痙攣した。そのまま長いストロークで抽迭を重ねる。身も心もひとつになるような交合もあるということを、立香に教えてやりたかった。
強弱をつけて最奥をつつくと、立香はあっさりと果てた。とちゅん、とちゅんと、濡れた肉同士がぶつかる生々しい音が立香の嬌声に被さる。腰回りを重くさせる劣情の手綱を引きながら、プトレマイオスは立香を責め立てる。
「あっ、あ、プトレマイオス、そこ、きもちい……」
動きは緩慢であっても、彼女にとっては大きすぎる刺激のようだった。未知なる快楽を骨の髄まで味わわせてやりたいとプトレマイオスは思った。
硝子細工でも扱うように、立香を優しく抱き締めて、プトレマイオスは夜の中で甘ったるい芳香を放つ官能に咬み付いた。
「極上の馳走というものは時間を掛けて味わうものだ。すぐに平らげてしまっては勿体ない。そうだろう?」
彼女からの答えはなかったが、プトレマイオスはふっと唇の端を緩めた。
プトレマイオスは言葉通り、時間を掛けて立香を喰らった。
「イ、イくっ、あ、プトレッ、やっ、あぅ、イっちゃううぅ……!」
不意に背中を仰け反らせた立香が悲鳴に似た声を上げた。熱く蕩けた胎内がうねり、プトレマイオスを締め上げる。
「~~~~~~っ、あ、ああぁ……!」
プトレマイオスの腹の横で、立香の細い足がぴんと伸びた。極致感に呑み込まれた彼女を追い立てるように、入口から、降りてきた子宮口まで一息に貫いた。
腹の奥に響く衝撃に、立香は息を詰まらせる。
プトレマイオスの筋肉で隆起した胸の下で、立香は息も絶え絶えだった。彼は身体を起こし、彼女を見下ろした。立香は法悦と愉悦に浸った女の顔をしていた。ひどく扇情的な表情に喉が鳴る。こんな顔をする女に、魅力がないわけがない。
「おまえの濡れた眸も馨しい吐息も、夭とした肉体も、すべて吾のものだ。誰にも渡さん」
汗ばみ火照った線の細い腰を両手で挟み込み、奥に留まったまま浅く腰を打ち付ける。たわわな乳房が抜き差しに合わせて揺れた。
「あ、だめ、あ、イったばっかり、だからっ、あ、ん、ひうぅ……! イっちゃう、またイっちゃうからぁ……!」
「堪えずとも、乱れればいい」
プトレマイオスの太い腰を挟み込む足が力んだ。粘っこい水音が絶え間なく続く。立香が何度目かの沸点に達し、華奢な総身が震えた時、プトレマイオスも沸点を迎えようとしていた。
「立香」
名を呼び、腰を押し付けたまま上半身を倒し、小柄な身体を腕の間に収める。押し潰さないように密着した。そして、胸筋の辺りに立香の温かな吐息を感じながら、男を受け容れようと本能的に降りてきていた子宮口で弾けた。
「あ、ぅっ、熱い……」
立香の子宮は、間歇的にどぷどぷと噴き出す精液を飲み干していった。
種付けを終えて、プトレマイオスは肺腑にこもっていた体温を吐き出して、両腕を突っ張って再び身体を起こし、腰を引いた。
肉色の亀裂から抜け出ると、中に出したものが逆流してきて、ほぐされていやらしく口を開けた亀裂から溢れ出し、立香の愛蜜と混ざり合ってシーツを汚した。
立香は間遠な呼吸を繰り返し、肢体を投げ出して事後の倦怠感に身を委ねている。
年甲斐もなく燃えてしまった——。
耳が熱くなるのを感じながら、プトレマイオスは彼女の頬に汗で張りついた髪を指先ではらった。
「気持ちよかった」
立香の双眸がプトレマイオスを捉えた。
「またえっちしたい」
その一言で、鎮まっていた情欲が沸き立った。
「立香。すまんが、今宵はお前を部屋に返すことはできそうにない」
「それって……あっ……」
プトレマイオスの腹へ視軸を落とした立香の顔が赤くなる。粘度の高い沈黙がふたりの間に転がった。
「……いいよ」
先に沈黙を破ったのは立香だった。彼女は自ら媚肉を指で広げた。最奥から溢れ出た白濁が、ごぽっと音を立て、糸を引いてシーツに滴り落ちる。
「いっぱいえっちしよう?」
立香の湿った囁き声は事後の倦怠感を跳ねのけた。
プトレマイオスは身じろぎし、衝動のままに、終夜立香の瑞々しい肉体を貪ることにした。
壁に貼り付いていたふたつの影が重なって、ベッドの足が軋んだ。