離れては触れる唇が、零れた湿った吐息を呑み込んだ。
息を継ごうとわずかに開いた口唇の隙間から舌が差し込まれ、上顎を軽くなぞられた。それだけで、成熟した女が月に一度迎える、定期的な周期——月経——を直前にした立香の肉体は、本能的に男を欲し、重たく甘ったるい期待に疼き出す。
それでも、立香は頭の中でほつれてしまった理性の糸を繕って「待って、ください」覆い被さる恋人の胸を押しやる。
「今日は、キスだけで、えっちはなしで……」
立香の理性の糸を引っ張っていた恋人——テスカトリポカは、彼女の鼻先で、喉を震わせてくつくつと小さく笑った。
「オレは構わんが……そんな顔で言われてもな」
果たして自分は一体どんな顔をしているのだろうと思いながら「本当はしたいですけど」立香は唇を尖らせた。「我慢したあとのえっちはすごく気持ちいいって聞いたから、やってみようと思って……」
「ああ? どこでそんな話を聞いたんだ」
テスカトリポカは身体を起こした。体重の移動を受けたマットレスが波打つように弾む。口を開いた立香に被せるように、彼は「言わなくていい」言った。「大体検討はつく。しかし、我慢、ねえ……」
顎に手を添えて、テスカトリポカは唇を引き結んで立香を見下ろし、思惟する。精神的にも肉体的にも強かなくせに、情欲にほだされやすく快楽にはめっぽう弱い娘が、内なる官能に耐えるという……その意志がどれほどまでに固いものなのか、感興をそそられた。惑わしてやりたくなった。かつて、音色で魅了した人間を、自らの足で崖から滑落させてやったように。
「オマエがどこまで我慢できるか試してみるか」
そう言ってテスカトリポカは口の端を片方持ち上げ、立香の両膝を掴んで広げさせた。
「試すって、どうやって?」
八十キログラムある筋肉の詰まった男の身体は、目を丸くさせている立香の細い足の間に隙間なく割り入っていた。
「あ、あの、今夜はえっちしないって……」
言葉の続きはテスカトリポカの口腔に消えた。角度を変えて唇を吸われ、舌を絡め取られ、上顎をくすぐられた。緩急をつけて責められて、息を継ぐことを忘れた。身体の芯に火を灯すようなキスだった。リップ音が弾み、唇が離れた。
「数日の禁欲よりも、徹底的に焦らされる方が昂ると思わないか?」テスカトリポカは涼し気なアイスブルーの眸を細めて続ける。「というワケだ。我慢してみろ。そうしたら、甘やかしてやるよ」
立香の顔は瞬く間に赤くなった。体温をほうっと漏らしたふっくらとした紅唇は、再びテスカトリポカによって塞がれた。
部屋着である薄手の黒いインナーの裾から、テスカトリポカの手が、茂みへと身を隠す蛇のように潜り込んできて、華奢な腰のラインをなぞり、胸元までせり上がった。
「もう硬くなってるぜ、お嬢さん」
「そんな」
片側だけ盛り上がった胸元に視線を移し、立香は歯を食い縛った。否定するよりも早く、生地の下で、テスカトリポカの指の腹が勃起している乳首を捻るように転がしたのだ。軽い刺激だけで、欲情した女の身体は敏感に反応した。テスカトリポカが小さく笑った。中途半端にめくれていたインナーが首元まで押し上げられ、小振りで形のいい乳房が剥き出しになる。薄桃色の乳首はいじらしくテスカトリポカを求めていた。
「おっぱい……いじめて、ください……」
下腹部に粘ついた熱が溜まっていくのを感じながら、立香は懇願した。
テスカトリポカはなにも言わずに、頭をゆっくりと白い胸元へと滑らせた。豊満とはいいがたい、しかし、生き生きとした瑞々しい丸い乳房は、男の手にすっぽりと収まった。片側を中央に寄せられ、テスカトリポカの細い鼻梁が谷間に埋もれる。立香は、熱を帯びた彼の吐息を肌に感じた。
片側を揉みしだかれながら、片側の頂を吸われた。熱い粘膜の内側で、舌が生き物のようにくねる。芯を持った中心を軸にして舌先が乳輪を回ったかと思えば、芯に絡みつき、甘咬みされる。
「んっ」
立香は悩まし気に眉を寄せ、手首を反らして枕カバーの端を握った。胸の下に甘い痺れが生じ、電流のように素早く足先に広がっていく。
「あぅっ……」
柔肌に食い込んでいた指が強く尖先を摘み上げたかと思えば、指の背で優しく撫でられた。強弱をつけて性感帯——特に弱いところを責め立てられて、枕カバーを握る立香の手に力がこもった。
丹念な愛撫をどれくらいの間受けたかわからなくなった頃、テスカトリポカの頭が、呼吸に合わせて波打つ乳房から肋骨にかけてのなだらかな美しい膨らみを、緩やかに下っていった。平たい腹を通り過ぎ、彼は足の間で動きを止めた。たっぷりとした艶やかな金髪がシーツに垂れて溜まりを作る。
立香は反射的に足を閉じようとしたが、テスカトリポカはそれを許さなかった。膝裏を掴まれ、いっそう大きく足を開かれ、股座が丸見えになった。
「テスカ——」
長く厚い舌がぬかるんだ割れ目を下から上へ舐め上げる。淫猥な音を立てて愛液を啜られ、充血しているクリトリスをねぶられ、立香は悲鳴に似た声を上げる。
「あ、だめ、それっ、気持ちいいの……! えっちしたくなっちゃうよぉ……!」
「堪えろ。我慢だ、我慢」
「……っ、…………っ!」
舌先がしとどに濡れた雌孔に押し込まれ、立香の爪先がぴんと伸びた。ぴっちりと閉じた肉の壁が少しずつほぐされていく。
「だめ、ぁ、イく、イっちゃうぅ……! ああぁ……!」
言い終わる前に、立香の総身が痙攣した。喉を反らし、声も出せずに果てた女を見下ろして、テスカトリポカはほくそ笑んだ。
「これくらい耐え抜いてみろ」
そして、彼は鷹揚とジーンズのフロントを寛げ、下着をずらした。張り詰めた男の本能がぶるんと勢いよく飛び出し、天井を向いた。
なにをされるんだろう——立香は生理的に潤んだ目を、自身を征服する男に向けた。
テスカトリポカは腰を前後させ、生温い愛液で熱っぽくぐずぐずになった女の部分をそそり勃った性器でなぞった。しとどに濡れた粘膜と乾いた粘膜が擦れて、粘着質な音が跳ねた。
「勢いよく滑るあまり、うっかり挿入しちまいそうだ」
「……ん、ぅ、んっ……」
股座を往復するだけの行為の中で、膨らんだクリトリスを強く擦られて、立香は目を伏せた。胎の奥が疼いた。テスカトリポカのご自慢のもので最奥を突いてほしいが、堪えるといった手前、おねだりはできない……せめて気持ちいいところに当てたくて、無意識のうちに、夢中で腰を上下させていた。
「腰が動いてるぜ」
「気持ち、とこ……ぐりぐり、して、ほしくてっ……」
「吸いついて、離れると糸が引く。オレのナニがベトベトだ。ほら、見えるか?」
テスカトリポカは喉の奥で笑って腰を止めた。血管を浮かせて勃起した性器は、愛液と先走りにまみれてぬらぬらと照っていた。生々しくいやらしい光景を前に、立香は思わず生唾を飲み込んだ。
淫らだが、もどかしい摩擦が続き、ついに立香は甘イキした。意識が一瞬遠のく。全身を支配する極致感に、彼女は喘ぐことしかできなかった。
「テスカトリポカ……」
立香は息も絶え絶えに彼の名を呼んだ。孕む準備が整っている肉体は、テスカトリポカを欲した。子宮は降りてきて、彼の種を待っている……
「焦らしちゃやだ……挿れてください、お願いっ……」
いつかの夜に、テスカトリポカの腕の中で無垢な少女ではなくなった娘は、すっかり快楽の熱にあてられ、女の顔になっていた。
「まだお預けだと言いたいところだが……焦らし続けたら夜が明けちまう」いつかの夜に少女の曖昧とした輪郭を覆った黒き太陽は、ふーっと息を吐いた。「よく耐えたな。くれてやる」
テスカトリポカは腰を突き出した。肉襞の間に硬く熱いものが押し当てられ、立香は息を詰めた。心地いい圧迫感が胎を満たしていく。
「あ、あああ、あぁ……!」
一息に胎の隙間をみっちりと埋められた。しなやかな両腕が立香の胸の横に突っ張る。根元まで深々と肉杭を突き入れたまま、テスカトリポカは腰だけをくねらせた。
「あ、ああっ、きもちぃよぉ、あぅ、お腹の奥当たってるっ……あっ、イくっ、イくっ、イきますっ」
長い時間を掛けてほぐされて焦らされた彼女の性的衝動と興奮は、沸点に達していた。
「ああクソっ、そんなに締め付けてくれるな、オレまでイきそうだ」
腰を止め、テスカトリポカは微苦笑した。立香の全身が強張り弛緩する動きに合わせ、胎内はうねり、子宮を刺激する雄を強く締め付ける。
「気持ちいい……お腹の奥……もっといっぱい突いて……ひどくして……いじめてください……」
「まったく、オマエは……」テスカトリポカは肺腑に溜まった酸素を鋭く吐き、娼婦ですらそんなことは言わないぞ——そう言おうとしてやめた。立香の純潔をもらい受け、幾度もまぐわい、悦を与えたのは、自身だった。
「気をやらないでくれよ」
立香の対の太腿に指を食い込ませ、テスカトリポカは低く呟いた。長く緩やかだったストロークが、一方的な快楽のためだけの凶悪な腰使いに変わる。息を弾ませて、彼は腰を何度も強く打ち付け、精子を求めて下がってきていた子宮口を突いた。
「あ、あっ、うぅ、んっ、深っ……激しっ……!」
立香の乳房が軟体動物のように弛み、燃えるような赤毛が弾む。肉と肉の衝突は、確実に快感を生み出していった。
「射精すぞ」
テスカトリポカは立香の股座に乗り上げ、上から体重をかけるようにして腰を押し付け、密着した。シーツから浮いた彼女の尻は、愛液で濡れていた。
「…………っ」
重たくなった腰回りが火照り――快楽が一気に爆発した。彼は真上から、卵子が待つ子宮に向けて精液を注ぎ込んだ。括れた幅広い腰の横から突き出た立香の両足が、がくがくと小刻みに上下する。彼女は、絶頂していた。
種付けが終わり、熱が引き、テスカトリポカは立香を解放した。
彼女はシーツに横たわり、指ひとつ動かさず、浅い呼吸だけを繰り返していた。やがて、ガニ股になった足の間から、たっぷりと注ぎ込まれたテスカトリポカの濃い精液が垂れてきた。それは立香自身の体液と混ざり合って泡立ち、呼吸に合わせてひくつく薄桃色の粘膜からとめどなく溢れ出た。
一方で、テスカトリポカは、事後の気怠さのままにヘッドボードにもたれかかっていた。我慢のあとのセックスが本当に気持ちいいものだったか訊こうとしたが、小さな死に呑まれている立香に答えるのは難しそうだった。
彼は片手を伸ばし、手の甲で立香の頬を撫でた。
彼女はしばらくして、ようやく身体を起こしてテスカトリポカを見上げた。
「満足か?」
「うん。我慢してよかった。特にあの擦り付けるやつ……癖になりそうです」
明け方の太陽の輝きにも似た双眸には、淫らな悦びがあった。先程まで男に組み敷かれていたというのに、彼女はもうけろりとしていた。
「ずっとえっちしてたから、眠い」
部屋の隅に追いやられていた眠気が、重たく湿った夜気のように立香の身体にのしかかった。ナイトテーブルの上の携帯端末で時刻を確認すると、日付が変わっていた。
「夜明けまでまだ十分ある。ゆっくり休め。ほら、来い」
部屋の燈を消して、ふたりはブランケットの中で身を寄せ合った。厚い胸に安心したように頬を摺り寄せた立香の瞼が下り、間もなくして、穏やかな寝息が燈のない室内にこもった。彼女の胎の中では、成熟した卵が遺伝子を待っている——。
テスカトリポカは彼女の腹に手を置いて目を閉じた。
少しずつ夜が薄れていき、曙光が快楽の名残を灼きつくしていった。