「立香ちゃん、ちょっといいかな」
ブリーフィングが終わり、その場で解散となって、管制室を出ようとした立香はダ・ヴィンチに呼び止められた。
「なあに?」
「大事な話があるんだ」
ダ・ヴィンチは、ひどく神妙な面持ちで、周りには聞こえては困るとでもいうように声を顰めた。
「…………?」
目を丸くさせて首を傾げる立香に、ダ・ヴィンチは「ふたりで話したい」さらに声を小さくして言った。
管制室を出て、ふたりは並んで歩いた。すれ違う職員やサーヴァントたちがいなくなり、こつこつと響く靴音がふたり分になった時、ようやくダ・ヴィンチは足を止めた。
「ここでいいかな」
そこは滅多に人が立ち入らない倉庫だった。入口のドアのロックを外して入室したダ・ヴィンチに反応して、燈がついた。立香の背後でスライド式のドアがカシュッと音を立てて閉まった。
「さて、単刀直入に言おう」積み重なった椅子を背に、ダ・ヴィンチは口火を切った。「私は君とテスカトリポカの関係を知っている」
「……っ」
立香の喉の奥で息が詰まった。「なんで」という言葉になり損ねた声は小さな吐息となって零れた。テスカトリポカと恋人同士であることは公にはしていない。鼓動が速くなった。彼女は一体いつから気付いていたのだろう。
「もしかして、サーヴァントである彼と付き合ったらダメっていう話?」
秘密を知ってしまった唯一の人を見詰めて、立香はおそるおそる問う。
ダ・ヴィンチは首を振った。「いいや。君と彼の関係について口出しするつもりはないよ。彼も彼なりに考えているようだから。だけど、どうしても、理解しておいてほしいことがある」そして、手にしていた黒いポーチを立香に差し出した。「その前にこれを。開けてごらん」
「うん」
言われた通りに、立香は受け取ったポーチを開けた。中には、ポーチと同じ色の黒い長方形の箱が入っている。取り出してみると、フィルムに覆われたパッケージの表には、ピンク色の大きな文字で「0.01」とだけ書いてあった。裏側には、山のように盛り上がった、色の違うふたつの曲線が重なっているイラストと、細かな説明書きがある。
箱の正体がわかっていない立香が文字を目で追う前に「コンドームだ。使い方はわかるよね?」ダ・ヴィンチは答えを口にした。
箱とダ・ヴィンチの完璧なまでに整った顔を交互に見て、立香は口をぱくぱくさせた。耳が少しずつ熱くなってきた。
「恥ずかしがることじゃない。これは大切なことだ。彼は〝今を生きる人類〟、つまり生身の人間だ。そんな彼が、同じく生身の君と避妊をせずに性交渉をしたら、君が妊娠してしまう可能性がある。そうなると、立香ちゃん自身が傷付いてしまう」
だからそれを使うんだ、と平静と語を継いだダ・ヴィンチを見据え、立香はこくこくと頷くことしかできなかった。昨晩もテスカトリポカと避妊をせずにセックスをしたことを彼女に見抜かれていそうで、そうすることしかできなかったのだ。
ダ・ヴィンチの忠告を胸に刻み、ポーチを隠すように小脇に抱えて倉庫を出た立香の顔は、自室に戻っても火照っていた。箱は、ナイトテーブルの引き出しの奥にしまった。
ダ・ヴィンチとの秘密の会話を知っているのは、倉庫の片隅で積み重なった備品だけだった。
長いキスのあと、リップ音が弾んだ。
互いの身体を押し付けるように密着させて、立香の華奢な括れた腰に手を滑らせて抱き寄せ、テスカトリポカはもう一度濡れた唇を塞いだ。首のうしろに回っていた手を引き剥がし、服を脱がせながら、冷たいシーツに雪崩れ込んだ。
魔力で練り上げられた気に入りの衣装を瞬きの間に取り払い、テスカトリポカは立香に被さり、剥き出しになった柔肌に触れた。
この間まで処女だった性に未熟な娘は、与えられる愛撫に敏感に反応した。下生えのない丘の下がテスカトリポカの指と舌によってぐずぐずにぬかるむのに、時間はかからなかった。
股座を濡らした立香は、雌の顔をして「使ってほしいものがあるの」言った。
白い身体が起き上がって、ほっそりとした手がナイトテーブルの引き出しに伸びた。
「これ……」
渡されたのは、フィルムに覆われた、未開封のコンドームだった。避妊をしろということらしい。
「今さらこれを使うのか」
外箱のフィルムを剥がし、テスカトリポカは視線を向いで座り込んだ立香に向けた。
「うん。あなたの身体は生身だから……避妊しなかったら、赤ちゃん……できちゃうから……」
歯切れ悪く言って、立香は俯いた。視線だけは、テスカトリポカの手の中のそれに注がれていた。
「たしかに、人類最後のマスターを孕ませちまったら、非難轟々だろうな」
切り取り線に沿って蓋を開け、連なったコンドームの端からひとつ切り離し、テスカトリポカは唇の端を片方持ち上げた。
先日、ダ・ヴィンチに「立香ちゃんとの交際は本気かな?」と問われたことを思い出していた。「彼女を傷付けるようなことだけはやめほしい」と結んだ小さな英霊を見下ろし、テスカトリポカは、本気だとも、遊びだとも言わなかった。ただ、喉を震わせて笑った。
「アイツは恋心と純潔をオレに捧げた。オレはそれを受け取った。唯一のものってのは価値が高い。わかるだろう?」
「捧げ物を受け取ったのなら、応え、与える必要がある。そういうことだね?」
「話が早くて助かる。アイツを特別視するつもりはないが、くたばるのを見届けてやると約束していてね。誰よりも近くにいられるほどの深い関係ってのも悪くない。というワケで、他の女へ向ける興味も温情もない」
ダ・ヴィンチはふっと笑った。「そうか」
あの微笑みは、安堵でも、納得でもなかったらしい。心を傷付けることはもちろん、身体を傷付けることも許さないという威嚇だったようだ。
——そんなつもりはないんだが……男と女が交われば子ができる……
コンドームの封を切り、テスカトリポカは微苦笑した。
勃起した性器に装着する間、立香の視線はぬめる人工の薄膜に固定されていた。
「なんだ、オレのナニに着けたかったか?」
「そうじゃなくて……コンドームって、そうやって着けるんだって……思って……」
初々しい反応に、テスカトリポカはほくそ笑み、ゆっくりと何度か頷いた。テスカトリポカ自身、避妊具を着けるのははじめてだったが、彼には知識がある。しかし、立香にはない。
「お互いに避妊をして交わるのは、これがはじめてってことか」
「いつもナマでえっちしてたもんね……」
唇を引き結び、頬を紅潮させた立香は、ゆっくりと仰向けになり、足を開いた。その間に男の身体が割り入って、女の輪郭を覆った。
「あっ」
テスカトリポカが腰を突き出すと、立香はか細い声を上げた。ぴっちりと閉じた肉壁を、圧倒的な質量が押し開いていく。甘美な快楽の刺激を受け、胎内は、すでに子宮口を降ろしはじめ、雄に征服されることを随喜していた。
「ああっ、ん、ぁっ」緩やかな抜き差しに合わせて、立香は嬌声を上げる。「あっ、奥、好きぃ……!」
テスカトリポカは腰を打ち付けながら、たゆむ形のいい小振りな乳房の頂で、つんと尖って主張している芯を持った軸を親腹の腹で撫で、指で挟んで捏ねた。
乳首への愛撫で立香が甘イキすると、胎内がうねり、四方からテスカトリポカを締め上げた。
「気持ちいいな、なあ、立香」
「んっ、ぅ、きもちいっ♡テスカ、んっ、あ、あっ、いっぱい、ずぽずぽしてっ♡えっち、好き……あっ♡♡♡」
肉と肉がぶつかって、重たく湿った音がシーツの上で弾む。緩急をつけた長いストロークで胎の奥を何度も突くと、立香は全身を痙攣させて果てた。
アクメの余韻に浸からせる間も与えずに、テスカトリポカは彼女の細い膝裏を掴んで尻を真上に向けさせてのしかかり、間で睾丸が潰れるのも構わずに腰を沈めて押し付けて、子宮口を轢き潰した。
「オマエは奥が好きだよな?」
「やっ、ぁ……それだめ、あっ、んあ、イったばっかりなの、あ、あ、ああっ! イく、イくっ、イっちゃうぅぅ……!」
声が途絶え、テスカトリポカの腰の横から突き出た足の先が張って、びくびくと拘攣した。
「おいっ……オレのナニを強く締め付けてゴムを持っていかないでくれよ? 避妊の意味がなくなっちまう」
テスカトリポカは込み上げた射精感を噛み殺して立香に視軸を下ろしたが、息も絶え絶えの彼女には聞こえていないようだった。
止めていた腰を揺すり、ベッドを軋ませて、快楽を貪りあった。愛液で濡れそぼつ雌孔に肉杭を突き立てて、埋めた胎の隙間を往復しながら、唇を擦り合わせ、ねっとりと舌を絡ませ、口腔を犯した。熱っぽい吐息をほうっと漏らして息を継いだ立香の眸は、官能ですっかりとろけていた。
「そろそろ射精そうだ」
立香の身体の横に両手を突いて身を乗り出し、テスカトリポカは射精に向けて、ラストスパートをかけた腰使いで彼女を責め立てた。短いストロークを重ね、粘膜同士の摩擦の中で、ついに彼は胎の最奥で沸点に達した。
「……っ、ぐっ……」
テスカトリポカは乱れた前髪の下で顎を硬くさせた。胎内は、まるで生き物のように顫動している。重くなっていた腹が一気に軽くなった。
止めた腰をゆっくりと引いて立香から離れると、勢いよく滑り出た性器の先端で、薄膜の中に吐き出した濃い白濁が溜りを作っていた。
一度限りの使い捨ての避妊具を慎重に外し、口を縛って立香の傍に放り投げる。
「一回じゃ、足りないです……もっと、したい」
立香は淫らな期待のこもった眼差しをテスカトリポカに向けた。大きく開いた彼女の足の間では、肉色の雌孔がひくついている。
期待の眼差しを受けた男は、舌先で下唇をなぞった。足の間では、本能がまだ昂っていた。
「そうだな。オレも物足りない」
彼はそう言って、箱の中のコンドームをまたひとつ切り取った。これで残りは十個だが、きっとあっという間だろう……
密閉された封を破る。摘まれたコンドームは、ランプの燈を吸って、ぬらぬらといやらしく、生々しく照っていた。