テスカトリポカとデイビットとぐだ子

※夢で見た刑事パロみたいなものを形にしたものです。ラスベガス市警殺人課のデイビットと後輩のぐだ子と検死官のテスカトリポカという謎パロ。

 6月初頭のラスベガスはすでに夏の兆しがあった。
 雨は降らず、気温は連日36度を超え、照り付ける日差しは容赦なく肌を灼く。室内にいる間、昼間はエアコンなしでは過ごせない。一方で、夜は冷える。さすがは砂漠に囲まれた土地だ。ネオンに照らし出された煌びやかな街の外は、夢の終わりのように昏く、冷え込んでいる。
 藤丸立香がラスベガス市警の殺人課に配属されてから半年が経っていたが、立香は、暑さにも寒暖差にももう慣れていた。
「朝食を取り損ねたな」
「名物のハンバーガーはまた明日だね」
 先輩であり、パートナーであるデイビット・ゼム・ヴォイドが運転するSUVの助手席で、熱気に負けず稼働しているエアコンの冷風を浴びながら、立香はふっと笑った。いつものように彼と一緒に行きつけのダイナーで朝食を摂ろうとした時に急行するよう通報が入ったのは、つい先程だった。
 立香は窓の外に視線を向け、通報の内容を頭の中で反芻していた。
 ストリップ通り。身元不明の中年男性の遺体。頭に銃創。
 強盗か、怨恨か……なんにせよ、殺人であることは変わりない。
 五分後、ふたりは現場に到着した。車を降りると、犯罪捜査研究所の警部がふたりに歩み寄り、肩を竦めた。
「やあおふたりさん。厄介なことになってるぞ」
 デイビットと立香は顔を見合わせた。
「なにがです?」
 立香が首を傾げると、警部は眉間にシワを寄せた。
「検死官の初見では、死因は頭の銃創じゃないとのことだ。詳しくは検死をしてもらわないとわからない。悪いが、これから行ってもらえるか、あのおっかない先生のところに」
「わかった。行こう、藤丸」
「どこへ行くの?」
「君がはじめて会う男だ」
――一体誰だろう。
 立香は現場を一瞥して、踵を返したデイビットの背中を追った。

 アメリカ合衆国で二番目に大きな犯罪捜査研究所の廊下を歩きながら、立香の目はあちらこちらに奪われた。
 白衣を着た科学者たちが、ガラス張りのラボの中で、顕微鏡をのぞいたり、試験管に薬品を入れて振ったり、ストップウォッチを片手になにやら検証をしたりしている。
「犯罪現場で鑑識が採取した証拠をここで照合するんだ」
立香の隣を歩くデイビットが耳打ちした。
「これから会うのって、もしかして鑑識の人?」
「いいや、ここの検死官だ」
「……検死官……会ったことないな……怖い人なの?」
「扱いにくいかもしれないが、腕は確かだ」
 気が付けば燈の欠けた通路に出ていた。ガラス張りのラボばかり見ていたからか、白い壁に挟まれた通路は閉塞感があった。
「ここだ」
 通路の最奥に辿り着き、デイビットが足を止めた。威圧するような重々しい金属製のドアを開けると、冷たい空気と、嗅いだことのある臭いが立香を迎えた。死臭だ。
「よう、兄弟。オマエが来たってことは、オレは今日休憩ナシってことだな」
 飄々とした男の声が空気を震わせる。緑色の手術着を着た男――検死官だろう――が解剖台に手を突いて寄り掛かっていた。鋭い切れ長の青い目に、細い鼻梁、薄い唇、線の細い顎……日に焼けていない白い顔は、冷たいほどに美しく整っていた。
「あん? そっちのお嬢さんは?」
 男はキャップを外した。後ろでゆるくひとつに縛られた長い金色の髪が零れた。
「はじめまして、藤丸立香です」
「ああ、オマエがデイビットの相棒か。オレはテスカトリポカ。コイツから話くらいは聞いたことがあるだろう?」
「えっと……ないです」
「マジかよ」
「テスカトリポカ。早速で悪いが、今朝ストップ通りで発見された男の遺体の解剖を頼みたい」
 話を遮るように、デイビットが淡々と言った。
「死後六時間、死にたてほやほやのジョン・ドウだろう? もう運ばれてくる頃だろうが、生憎今日は順番待ちの死体が大勢いてね」
「急いでほしい」
「わかったわかった、これから最優先でやってやる。ただし、ひとつ貸しだぜ」
「昨晩見つかった腐乱死体は?」
「それならもう報告書は出した」
「ダウンタウンの白骨死体は?」
「それももう報告済みだ。まったく、人使いが荒い連中だ。ここじゃ年に何万もの死体が見付かるが、そのうちの何割がオレに回ってくると思ってるんだ? 少しは敬ってほしいね」
 デイビットとテスカトリポカのやり取りに、立香はぽかんとした。
「死因がわかったら連絡をくれ。行こう、藤丸」
「あ、うん」
 立香は出口に向かうデイビットへ意識をずらした。
「ああ、お嬢さん」
 立香は足を止めて振り返った。テスカトリポカの青い目と視線が重なった。
「眠らぬ街へようこそ。今度検死を見に来い。新人の通過儀礼だ」
 彼は白い歯を見せて笑った。解剖台に横たわる開かれた死体を想像して、朝食を食べなくてよかったな、と立香は思った。