甘い背徳

 静かな部屋の中で、なにをするわけもなく、ただヘッドボードに寄り掛かってテスカトリポカが来るのをそわそわしながら待っていると、なんだか自分が淫蕩な女の子になってしまったように感じられて背徳感に駆られた。
 彼とは恋人同士なのだから、ふたりだけの時間を過ごすのはごぐごく自然なことだ。けれど、今日の昼間、わたしはテスカトリポカのコートの袖口を引っ張って「えっちしたいです」とねだった。
——今夜おまえの部屋に行こう。
 彼の耳打ちは鼓動を速めた。夜の帷が降りた今、テスカトリポカはわたしを抱くためにいずれこの部屋に来る。そしてまさにこのベッドの上で身体を重ねる。
 だから――早めにシャワーを浴びて、お気に入りの可愛い下着を身に着けて、テスカトリポカを待っている。わたしの心臓は、夜に期待して甘く脈打っていた。
 鼻から吸い込んだ空気を体温と共に口から吐き出して、座る位置を変えることにした。ヘッドボードに寄り掛かるよりも、こうして縁に座っている方が落ち着く。
 足を伸ばしてぼんやりと入口の方を見詰めていると、ドアの上にある小さなランプが緑色に光り、無機な音を立ててドアがスライドした。「あっ」と声を漏らした時には、外からロックを解除した訪問者が部屋に足を踏み入れていた。テスカトリポカだった。
ドアが閉まる前に、反射的に立ち上がっていた。「テスカトリポカ」
「待ったか?」
「ううん」首を横に振って、安堵の微笑みを浮かべて努めて平静なフリをする。「来てくれて……嬉しいです」
 テスカトリポカは目元を柔らかく細めて「おまえを抱くに相応しい夜だ」言った。
 大きな男の手が頬に触れる。親指の腹に唇をなぞられた。それだけで、わたしの胎の中で情欲の火が灯る。欲情してしまったことをテスカトリポカに気付かれないように目を伏せて、なにも言わずに首に腕を回して抱き着いた。彼は煙草の煙のにおいがした。わたしはこのにおいが好きだ。
「熱い抱擁だな」
 喉の奥でくつくつと笑うテスカトリポカを見上げると、腰のうしろに手が回った。テスカトリポカの胸板に当たる乳房が潰れるのにも構わず、背伸びをして唇を重ね、吐息を交えた。
「……本当は、待ってました」
「ああ、顔を見ればわかる。夜に似合う女の顔だ。中々そそるよ」
 服を脱ぎながらベッドに雪崩れ込んだ。ふたり分の体重を受け止めたベッドの足が背中で軋んだ。脱がされたお気に入りの下着は、呆気なくベッドの下に落とされた。
 組み敷かれた剥き出しの身体は潜熱に疼き、悪い熱となって四肢の先まで焦がした。
 足の間にテスカトリポカの筋肉が詰まった雄々しい身体が割り入った。濃い影が目の前に伸びてきて、目を閉じる。
 唇を食まれ、長い舌に口腔を撫でられ、首筋をなぞられた。つんと尖った胸の頂をねぶられると、薄く開いた唇の隙間から快楽にあてられた吐息が漏れた。舌はゆっくりと肌を這い、やがて肉の丘へと滑り、蜜が詰まった女の部分を割った。
「う、ぁっ」
 舌はぴっちりと締まった肉壁の間に捩じ込まれたかと思えば、濡れた肉襞の間を往復し、別の生き物のようにわたしを責め立てる。ほめく蕾をぐりぐりと詰られて、太腿が強張って、反らした手で枕の端を握って歯を食い縛る。すぐイってしまうのが恥ずかしかった。
「そこ、やぁ、だめ、あ、あぅっ……!」
 男性経験がないわたしにとって、快楽とはテスカトリポカによって与えられるものだった。純潔の花は盪くしたが、官能の実がなり、熟れて魅惑的な芳香を放つようになっていた。理性が火花を散らし、頭の中が真っ白になるほどの強烈な法悦は、今や悦びだった。肉体はまるで細胞のひとつまでもが愉悦を望んでいるかのように、テスカトリポカから与えられる甘美な官能を取り零さない。
「だめ、というわりには濡れている。まあ、いつものことか」
 股座にあるテスカトリポカの上向きの掌の先で、ぬちぬちと粘っこい水音がした。顔が熱くなって、なにも言えなくなった。気持ちよすぎると気を失ってしまうそうになるから、それが怖くてつい「だめ」と言ってしまう。そう言ったところでテスカトリポカがやめたことはなかったし、結局はイってしまうけれど。
「っあ」
 根元まで押し込まれたテスカトリポカの指が二本ぐっと折り曲がって、腹側を押し上げるように動いた。手は緩やかに前後して、胎内を行き来する。胎の奥が切なく疼いて、どうしようもないくらい苦しくなった。
「テスカトリポカ……」
 生理的な涙で熱っぽく潤んだ目で彼を見る。
「そんな顔をしてくれるなよ」テスカトリポカは困ったような表情をして唇の端を持ち上げた。「もうブチ込みたくなる」
 ああ、この人にめちゃくちゃにされてしまいたい――そんな切望が背骨を駆け上がって、脳を揺さぶった。理性の砦が崩れはじめて、本能が剥き出しになっていく。
「…………て」
「ん?」
「今夜は、わたしのこと……めちゃくちゃにして、ください……」
 テスカトリポカの切れ長の目が瞬いて、細まった。
「ほう?」
 彼はわたしの方へ身を乗り出し、顔を近付けてきた。冷たいほどに整った相貌から視線を外すことができなかった。
「『めちゃくちゃにして』ねえ。神に対してそんなことを言うもんじゃない。言葉に気をつけろ……といいたいところだが、閨でそんなことをいうほどオレは無粋じゃあない。お望み通りにしてやる」
 触れるだけの口付けのあと、テスカトリポカはわたしの両膝の裏を掴み、広げられた足の間に深く身体を食い込ませた。
 気が付けば、テスカトリポカの足の付け根では男の本能がそそり勃っていた。括れた傘下から根元まで、一本の太い血管が浮いている。あれが胎の中を突き進み、下がってきた子宮口を挽き潰す。何度見ても凶悪なまでの大きさだ。
「……っ」
 身震いした。下腹部が疼く。張り詰めた男の象徴は、愛液を垂れ流す粘膜の亀裂をぬるぬると滑った。弾力のある先端がすっかり硬くなったクリトリスを叩くと、期待が弾けた。
「焦らさないで……おちんちん、挿れてほしいの」
 拙く淫らな言葉を紡ぐと、テスカトリポカはほくそ笑んだ。
「ずいぶん愛らしいおねだりだな。……気をやるなよ」
 言い終わる前に、重たい衝撃が下腹部を穿った。待ち侘びた瞬間だった。喉が反って、腹の底から「あっ」と声が押し出された。
 一息に胎の奥まで押し込まれ、長いストロークで抽迭がはじまった。腰を掴まれ、容赦なく胎の奥を突かれる。身体の内側で息を潜めていた情欲が吐息混じりの声となって外に溢れ出し、夜に暴かれていく。動きに合わせてテスカトリポカの美しい金色の髪が揺れていた。
「テス、カッ、あ、ぁ、ぅ」
 彼の名前を呼ぶ余裕はなかった。均整の取れた幅広の背中にしがみついて、悦びに打ち震えた。強弱を付けた腰使いと緩急を付けた抜き差しに、意識が飛びそうになる。
「イく、イっちゃう……! あ、ああっ……!」
 快楽の波にさらわれて溺れた。引いていた腰がくねって、子宮口を一突きされた。強烈な痺れが足の裏からみぞおちの辺りまでせり上がって、声も出せずにイった。全身が痙攣して、目の前がぐらぐらと揺れる。
「……ああ、いいな。中が締まったぜ」
 テスカトリポカは上体を起こし、わたしの身体の横に手を突っ張って、腰を打ち付けてきた。ぐち、ぬち、っと粘ついた音が跳ねた。
「~~~~~っ、はあっ、ん、あ、ぁっ」
 絶頂の余韻に喘ぐしかなかった。テスカトリポカの片手がたゆむ乳房を包み込み、指先が胸の先を摘まみ上げた。下と上を同時に責められて、泣きたくなるほどの気持ちよさに支配される。薄桃色に色付いた尖先が黒い爪の先に荒っぽく弾かれて、一際大きな声が漏れた。肌の下で快楽の断片が繋ぎ合わされていく。
 二度、三度と絶頂を迎え、総身の筋肉が硬直と弛緩を繰り返した。
「へばるなよ。まだこれからだ」
 テスカトリポカがのしかかってきた。汗ばんだ太腿と尻がわずかに持ち上がった。視線を下げると、否が応でも結合部が見えた。互いの性器はぬらぬらと照っている。突き立てられた肉杭は深々とわたしの胎に沈んでいって、ついに股座が密着した。テスカトリポカを受け容れようと降りてきていた子宮口が押し潰され、感じたことにない刺激が胎の中で爆発した。
「や、ぁ、これだめ、奥っ、おちんちん……当たってる……!」
 逃れようと身を捩ってテスカトリポカの厚い胸を押しやるが、わたしの力では微動だにしない。テスカトリポカは男で、わたしは女なのだと思い知らされた。
 押し潰すような力強いピストンの一回一回が振動となってが子宮に響いた。
「…………! あんっ……ぁ、っは……」
 気持ちがいい。全身の力が抜けて、覆い被さったテスカトリポカにされるがままになった。昂りに蹂躙された肉体は快楽の奈落に突き落とされた。ろれつが回らなくなって、意味を成さない言葉が唇から零れる。
 どちゅん、と肉と肉が重なって、テスカトリポカが唸った。熱いものが間歇的に子宮に直接注がれていく。これではまるで種付けだ。
「さて」
 テスカトリポカはほうっと熱っぽい吐息をついた。
「夜は長いからな。しっかり可愛がってやろう」
 彼の涼やかなアイスブルーの双眸がぎらぎらと光っている。それはわたしを喰らう捕食者の目だった。
これから終夜セックスをする。わたしは自分が望んだ通り、テスカトリポカに「めちゃくちゃ」にされる。ぞくぞくした。
 テスカトリポカが動いて、まだ勢い付いた本能が引き抜かれた。満たされた胎から逆流した精液が溢流して上掛けに染みを作った。
 まだ上手く力が入らない両手を持ち上げてテスカトリポカを求めると、彼は応じてくれた。
 愛情と本能が同時に込み上げて「テスカトリポカ」彼の名前を口にして、首にぎゅっと抱き着いた。胸の中が温かい。言葉の端にはテスカトリポカへの想いが宿っていた。
 本能は巡る血を滾らせ、お腹を燃えるように熱くさせた。なんだか自分が本当に淫蕩な女の子になったみたいに思えた。でも、今夜だけはそれでもいい。
 甘ったるい背徳感がベッドから落ちて、テスカトリポカが小さく笑った。