世界で最も高いとされているアフリカ大陸にある山、キリマンジャロ山の頂上には、凍り付いた豹の亡骸があるという。
〝白く輝く山〟と呼ばれる通り、標高五千メートルにも及ぶキリマンジャロの山頂は、常に雪に覆われている。様々な環境に適応できる豹はキリマンジャロに実際に生息しているそうだが、頂上はマイナス十度以上の極寒だ。長居すれば凍死するだろう。「山羊を追って登ってしまった」という説があるそうだが、豹が何故そこまで登ったのかは、結局のところ不明らしい。
『豹が最期になにを見たのかは、我々人間にはわからない』
数年前に発刊された科学雑誌の『キリマンジャロの凍豹』というタイトルの特集ページは、最後にそう結ばれていた。
ページを表示させていたタブレット端末の画面をタップして雑誌を閉じる。
「豹は、どうして山頂まで行ってしまったんでしょうね」
隣でタブレット端末を覗き込んでいたテスカトリポカに何気なく話題を振ってみると、わたしと同じく特集を読んだ彼は「さあな」肩を竦めた。
「自らの死期を悟った動物は群れから外れたり、縄張りを離れてひっそりと死ぬものだろう。ソイツもそこで死にたいから死んだんじゃないのか? 戦って、生き抜いて、死ぬ。野生動物とはそういうものだろう」
氷漬けになった豹のことを考えてみるが、特集にもあったように、動物の考えなど人にはわからない。それでも、一頭の豹の生きた証は、最高峰に刻まれている。
どこまでも広がる澄み切った空とまばらな雲海、燦然と輝く太陽……数多の生と死を見届けてきたもの……決して手の届かない、人にとっても獣にとっても崇高なもの……豹はそれを見て死んだ……
「その豹は、今もそこで太陽を見ているんでしょうね」
最期に見るのが太陽か——ああ、それもいいな。
黒き太陽の化身の美しい顔を見詰めてふっと笑う。なんだかとても眩しくて、目を細めた。
わたしの太陽は、手を伸ばせば触れられる。それが愛おしかった。