寝支度を終わらせてベッドに入った立香は、「最近寝つきが悪くて」だしぬけにそう言って溜息をついた。
「寝つきが悪い?」
復唱すると、立香は「うん」柳眉を寄せた。「すんなり眠る方法、ないかなって」
ナイトテーブルのランプの一日の終わりにふさわしい柔らかな燈は、室内を安穏と照らすだけでなく、マスターの憂鬱も暴き出した。
「誰かに子守唄でも歌ってもらえ」
「子守唄かあ」立香は天井に視軸を移して、唇を引き結び、なにかを考えるようにぱっちりとした目を瞬かせたあと、物言いたげにオレを見た。「じゃあ、歌ってください」
「オレが歌うと思うか?」
微苦笑を返すと、立香は「聴いてみたいです」目をらんらんと輝かせた。
鼻で笑って、飛んできた好奇心を跳ね返す。
「おまえは子守唄よりも、こっちの方がいいだろう」
ブーツを脱いで、立香の隣に肘枕を突いて寝そべる。下敷きにした上掛けは柔らかい。
「添い寝、してくれるんですか?」
「寝つきの悪いマスターにはおやすみのキスも必要か?」
「照れちゃって余計寝られなくなっちゃいます。でも、テスカトリポカが隣にいるのは、ちょっと嬉しい」
「ちょっとどころじゃなく、大いに喜べ」
立香は破顔した。どうやら、リラックスしたようだった。
「香を焚くか?」
「ううん、大丈夫。今夜は、すぐ眠れる気がする」
身じろぎして深呼吸をすると、「おやすみなさい。また明日」立香は瞼を下ろした。上向きの睫毛が長い。
「ああ、おやすみ」
立香の横顔を見詰めていると、間もなくして、ゆっくりと降りてきた眠りの帳がベッドを覆った。
胸で盛り上がった上掛けが、立香の呼吸に合わせて規則的に膨らみ、へこむ。静かな寝息だ。このまま夢も見ずに朝を迎えられればいい。
「子守唄、ねえ……」
浅く息を吸い、気紛れで子守唄を口ずさもうとして——やめた。
身体を起こし、ベッドの淵に座って背中で規則正しい呼吸を聞きながら、室内に充満した気だるい眠りの煙を吸い込む。
「子守唄は、ミクトランパで聴かせてやる」
独り言ちて、腰を上げ、視軸を下げる。立香は「うーん」だか「ふーん」だか、寝言とも唸り声ともつかぬ、意味をなさない言葉を漏らして寝返りを打った。
「ゆっくり休めよ」
囁き声で言ってランプの燈を消すと、室内は安息の常闇に染まった。
夜が巡り、穏やかな眠りから目覚めれば、立香には戦いが待っている。かつてアステカの戦士たちがそうだったように、煙塵の中で悦びを見出し、栄光と誇りのために戦い、陶酔し、大地に瑞々しい心臓の花を咲かせてほしい。立香に平穏など存在しないのだ。安息を味わうのは、敗れた時でいい。楽園に来てからでいいのだ。
「今のおまえに、子守唄は似合わない」
熱っぽく零して、光の欠けた部屋を出て、あてもなく歩き出した。