死の呼び声

 サーヴァント数騎と共に、発見された特異点へとレイシフトした。
 降り立った未知なる領域は、夜の森だった。傍にはヘクトールとテスカトリポカがいた。他のサーヴァントたちとははぐれてしまっていたが、彼らがいるのは心強い。
「少し歩くことになる」とふたりは言った。彼らの言う「少し」がどれくらいなのかわからないが、とにもかくにも、まずは森を抜けるしかない。
 黄金色の月明かりに照らされた森は梟の低い鳴き声だけが反響している。緊張でやや間隔の短くなった息遣いは、草木を踏み締める音と夜風にざわめく木々の葉音に掻き消されてはいるが、先導してくれているヘクトールとうしろを歩くテスカトリポカには、わたしの警戒心が伝わっているだろう。
 澄んだ夜気を吸い込み、苔むした大樹の根を跨ぎ、だんだんと、梟の鳴き声が近くなっていることに気付いた。この辺りにいるのかもしれない。
 視線を感じて足を止めて顔を上げると、目の前の朽ちた樫の木の幹に、一羽の梟が止まっていた。梢の間から差す月の光にぼんやりと縁取られたシルエットは大きく、ずんぐりとしている。
 薄闇に慣れた目で梟を凝眸すると、梟もまた半月形の目でわたしを見ていた。嘴が動いて「ほう」とすっかり聞き慣れた鳴き声が耳朶を打った。途端に、心臓を鷲掴みにされるような、そんな不安に襲われた。
「死を恐れるのなら、あまり見ない方がいい」
 テスカトリポカの声が隣でして、梟に向けていた意識が弾けた。意識を下ろすと、険しい顔をしたテスカトリポカと目が合った。
「どうしてですか?」
「梟は冥界の使いだ。死を予言する」
 テスカトリポカの頭が僅かに反る。翳っていて見えないが、サングラスの奥の眸は梟を捉えているだろう。彼に倣ってもう一度梟を見上げる。梟はわたしたちを見下ろして二度鳴いた。つい、顔を逸らしてしまった。
「しかし、梟は英知の象徴でもある。そうだろ?」
 テスカトリポカの声に、立ち止まってこちらを見ていたヘクトールがへらりと笑った。
「そうそう。俺は梟がいたから、幸先いいなと思ってたんだけどね」お国柄の違いってヤツだと結んで、ヘクトールは後頭部を掻いた。
「知恵を司る女神が微笑むか、地の底に引き摺り込まれるか……特異点(ここ)での結末は、どちらだろうな」
 テスカトリポカは喉の奥で笑った。そして、ジャケットの内ポケットから煙草の箱を取り出し、揺すって出した一本を咥えると、オイルライターで火を付けた。
 鼻から夜気を吸い込んで、垂れ下がった拳を強く握る。
「たとえあの梟がわたしの死を予言したとしても、覆してみせます」 
 指に挟んだ煙草の先から灰が落ちた。

 死の予言を覆すと立香は言った。
 力強い生の躍動は、地上をあまねく照らし出す月のように美しく眩かった。死装束のような真っ白な服の裾を翻して歩き出した立香の背中を見据えて、苦い煙を吐き出す。頭上では、冥界の使者が彼女の死を予言している。
「ああ、まったく、喧しい」
 睨め付けると梟はようやく黙った。それでも、オレンジ色の双眸は、名残惜しそうに立香に向いていた。
「やれやれ、どうにも、おまえさんは死に魅入られるようだな」
 微苦笑して、独りごちて、視軸を上げる。
「というワケだ。残念だが、オマエの予言は外れるだろう。アイツが特異点こんなところで死ぬはずがない。そうなったとしても、アイツの魂はオレのものだ。冥界には行かせはしない。死神ミクトランテクトリによろしく伝えておいてくれ。じゃあな」
 梟は首を回すと、音もなく羽を広げ、闇に向けて飛び立った。
 煙草を咥えて、鷹揚と歩き出す。冥界のように冷たく澄み切った風が頬を撫でていった。