撃っていいのは撃たれる覚悟のあるヤツだけだぜ
——レイモンド・チャンドラー
緊急連絡が入り、管制室に収集され、特異点が見付かったと報告を受けてから三十分後には、適正サーヴァントたちと特異点へレイシフトしていた。そして、到着後三十分もしないうちに、武装した現地人に襲われた。
話し合いなどできる状態ではなく、戦うしかなかった。彼らは凶悪な魔物を飼い慣らしているだけでなく、銃を手にしていたのだ。
サーヴァントたちは敵意を剥き出しにした彼らからわたしを守りながら戦ってくれた。
「クソ、どいつもこいつも、使えねぇ!」
リボルバー銃の引金に掛けた指に怒りを込め、最後のひとりとなった親玉が声を張り上げる。
親玉の銃口はテスカトリポカに向けられていた。その距離はわずか十数メートル。親玉が次に罵声を上げた時に銃声が轟いたが、弾はテスカトリポカには当たらなかった。代わりに、彼からだいぶ離れた場所にある木の幹から鈍い音がした。
「おいおい、外すのかよ。この距離ならオレでも外さねえ」
テスカトリポカは携えていた愛銃を左手に持ち変えて、親玉に近付いて行った。
牛若丸が目を瞠って様子を窺っている。わたしを庇うようにして前に立つディルムッドが「一体なにを?」剣を構えたまま小さく言った。テスカトリポカが足を止めることはなかった。わたしはテスカトリポカを呼び止める代わりに、彼の横顔を見詰めた。
「銃器はいいよな。誰であれ、握るだけで戦士になれる。だが、撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだぜ」
テスカトリポカは親玉の前に立つと、銃口を掴み、自分の胸へと導いた。
「ほら、撃ってみろよ。これなら外さないだろ」
テスカトリポカから放たれる凄気に圧倒された。テスカトリポカを見据えるディルムッドでさえ額に脂汗が浮き、瞬きをしない。
リボルバー銃を握る親玉の手が震えているのが遠くからでもわかった。
辺りの木々から一斉に鳥が羽ばたいた。
「た……助けてくれ……」
親玉の消え入るような声が沈黙の幕を上げた。
「オレに命乞いするのはやめておけ」
テスカトリポカの氷のように冷たい声が再び沈黙の幕を降ろした。
「臆病者め。引金を引く勇気がないなら、オレに銃を向けるな。オレの前から消えろ」 そこからは一瞬だった。テスカトリポカの右手が目にも止まらぬ速さで動き、親玉の胸の真ん中を貫いた。カエルが潰されたような「ぎゃっ」という悲鳴が聞こえて、赤い穴が空く。前のめりになった親玉は、糸が切れたように膝から崩れてどうっと倒れた。
テスカトリポカの右手には、生き生きと脈打つ心臓があった。彼はそれを躊躇なく握り潰した。指の間から肉の塊と粘膜がぼとぼとと落ちて、テスカトリポカの足元で歪な山が築かれる。
地面に広がった血溜まりの中で、びくびくと痙攣している親玉に見向きもせず、テスカトリポカは鷹揚と踵を返した。
「あれがかの文明の戦神……実に恐ろしい」
ディルムッドが目を伏せ、顔を背けた。
「終わったぜ、お疲れさん」戻ってきたテスカトリポカの所在なく垂れ下がった右手の先からは、粘着質な血が糸を引いて滴り落ちている。
わたしはなにも言わずにポケットからハンカチを取り出してテスカトリポカに差し出した。
「ちゃんと目を逸らさずに見ていたか、マスター?」
「言ったでしょ。わたしは戦いから逃げない。目も逸らさない」
テスカトリポカはハンカチに手を伸ばし掛け——赤く染まった指先でわたしの頬に触れた。生温かく湿った示指と中指が頬骨から耳の横まで滑った。
「いい顔付きになってきたな。あとでキスしてやるよ」
白い歯を覗かせて、テスカトリポカは笑んだ。
牛若丸とディルムッドが顔を見合わせている。
頬で血が乾いていく。今回の特異点でも、一波乱ありそうだ。